人狼という大罪
「はぁ、死ぬかと思った…」
ガイエ商会のソファーに腰かけると、オレは思いっきり息を吸い込んだ。
走り通しだったことで酸欠状態になっていた肺に酸素が満ち、呼吸をするたびに細胞が活性化していくのが実感できる。
レベル100の肉体ならどれだけ全力疾走しても息ひとつ切れないと思ったんだが、それとこれとは話が別みたいだな。よくよく考えると、ミッドガルドには走力やスタミナについて言及するスキルも多く存在したし、移動速度はそういったパッシブスキルに依存していたから、純粋な魔法職で固めているオレは体力という面ではそこまで強化されていないのかもしれない。
しかし、そうかといって街中をディメンション・ドアで移動するわけにもいかないし、緊急時の移動方法については継続した課題になりそうだな。
「サヤにメッセージを送ってるけど出ない。まあ、サヤなら捕まるなんてヘマはしないだろうし、一緒に戦車に乗ってた私達よりかはバカ兄と結びつきにくいだろうから大丈夫だとは思うけど、繋がったら現在地だけは共有しておく」
ミカヅキもオレと同じく走ったことで少し疲れたのか、ローブを脱いで服をパタパタしている。アイテムの補助がない限り食事や睡眠が必須だったり、疲労が蓄積される人間やエルフのような種族はこういった所が不利だな。
一方で走力系のスキルを多く持つナナセや、元から疲労を感じない種族であるアツコやワカナは、あれだけ全力疾走した後だというのにケロっとしている。
異世界転生するのがわかっていたら、オレも疲れ知らずの種族を選んだのに。
「さっきから何ブツブツ言ってるの、落ち着いたならサッサと話しなさい、どうして追われてるの?」
「それは………」
オレが答えようとした瞬間、ナナセが唇に人差し指を当て、1階の入り口のほうを指さす。
ナナセがドアの脇に陣取り、機先を制し勢いよく開け放つ。
「おわっ、何だいきなり………って、あんたらここにいたのか!!」
「なんだ、驚かさないでよ」
「それはこっちのセリフだ、勝手に入りこんで。まあ、大将があんなことしちまったんだから、中心街にはいられないだろうと思って、念のために本部を覗きに来たんだが、ビンゴだったみたいだな」
「サイラスさんまで兄さんがやったことをご存知なんですか?」
「いっちゃん、有名人じゃ~ん」
「バカ兄、いったい何したのよ!!」
「実は………」
オレは事の顛末を妹達に話す。
「はぁあああああ!?奉納式は仕方ないにしても、いつもあんなに余計な事では目立つなって言ってるのに、何万人も観てるなかで王女様を助けたの!?せめて顔は隠したんでしょうね」
「………すいません、そこまで考えが回りませんでした」
「え、なに!?それじゃあ、数万人にバカ兄の顔が逃亡犯として認識されたの!?」
「いっちゃん、一躍時の人だね!!サインちょ~だい、皆に自慢するから」
「でも、人狼を助けたのがそんなにいけない事なんですか?その人狼の少女は王女様をゴブリンから助けただけなんですよね。石を投げられ、命を奪われそうになるほどの罪があるとは思えないのですが………」
「あんたらの国じゃそうなのかもしれないが、ケルキヤ王国じゃ定期的に人狼狩りが行われるくらい、人狼は人類の敵扱いなんだ。都市部じゃまだ人狼差別も緩やかだが、神王教会の神官がいない田舎なんかじゃ判別方法ないからか、疑われただけで水の中に沈められるのも珍しくないって話だぜ。人狼はウェアキャットなんかと違って、見た目で区別できないうえに、血を見ると無差別に人を喰い殺し回る化け物だからな。俺も知り合いが喰い殺されたっていう奴の話を何回も聞かされてるぜ。一見大人しいように見えたとしても、嬲り殺されたって仕方がないモンスターさ。俺だって、こんな街中に人狼がいると知って怖気立ったぜ」
ナナセの問いかけにサイラスが答える。
まだ出会って数日の間柄ではあるが、サイラスは無神経なところこそあるものの、悪い人間ではないことは知っている。いや、むしろ善人だとすら言えるだろう。
そのサイラスが、ここまで嫌悪感をもって語る以上、少なくともケルキヤ王国では人狼は忌むべき存在として、差別と排除の対象になっているのだろう。
それが、身を挺して王女の命を救った、か弱い少女だったとしても。




