最高の茶番
最高の茶番だった。
リーゼが自らの力を過信し、ノコノコとゴブリン達の前に姿を現す。あの時の愚民共の盛り上がりっぷりと言ったら、飢えた野犬の群れに肉を放り込んだ時のような騒ぎようで、王たる者の血が流れる俺とおよそ同じ人間という種族だと思えぬほどだった。
また、そこからの流れが痛快だった。
たかだか十数匹の雑魚相手にもたつき、嬲られ、あわや犯されそうになるリーゼ。それを食い入るように見つめる観客共。
男共は高貴な姫君が愚劣なゴブリンに傷物にされそうになるという事実に興奮し、女共はその光景から目を背ける、か弱い自分に酔う。
なんとも間抜けで、なんとも愚かな、最高の見世物だった。
あの犬っころが助けに入ったのも、良かった。
流石にリーゼが死ぬのは不味い。王位継承権を持つ者が減るのは好都合だが、俺の王位を飾り立てる美しいアクセサリーが減るのは不都合だ。
玉座は数多の宝石に彩られてこそ玉座たりえるだ。
リーゼは俺の玉座の装飾品に見劣りしない数少ない女だ、そういった意味ではほどほどに痛めつけられたリーゼが自分の愚かさを思い知ったあと、傷物になる前に助けに入った犬っころは忠犬といえる。
自ら犬の姿に成りはて、懸命にゴブリンを殺して回る無様な姿には、愛らしさすら感じたものだ。
人狼を恐れ、石を投げるゴミ共の血走った目も最高だったな。
リーゼに当たるのも恐れず、犬っころに石礫を浴びせるバカども。絶対悪である人狼をリスクなしで痛めつけ、自らの安っぽい正義感を満たすさまの醜悪さたるや、額に飾ってやりたいほどだった。
あの石礫でリーゼが死に、自らの首に縄がかけられることになったなら、あいつらはどんな顔をするだろうか。そう考えるだけで酒が進んだものだ。
そうだ、そこまでは完璧だったのだ。余興として、これ以上にない出来だった。酒も旨かった。俺の靴を必死に舐めようとする馬鹿な貴族共の追従も、まだ聞ける範囲のものだったのだ。
その一枚の名画のような完璧な余興が、一人の男によって崩された。
愚民共が人狼を殺せと叫び、その熱狂が最高潮に達したところで、俺が指一本を動かし、犬っころを許し、リーゼ共々丁重に治療する。
それが完璧なストーリーだったのだ。
リーゼは俺の寛大さに這いつくばり感謝を意を示し、父上は俺の器の広さに涙を流し、叔父上は俺の政治的な感覚の見事さに首を垂れ、貴族共は俺の明晰な頭脳にただただ舌を巻き、愚民共は自分たちの滑稽な願い事が叶わぬ口惜しさにギリギリと歯嚙みをしながらも、圧倒的な権力の前にひれ伏す。
全てが上手くいく、この上のない物語が、一人の男によって覆されたのだ!!!!!
風采があがらない中年男。
それなりの身なりはしているが、貴族ではない。下賤な冒険者といったところだろう。いや、あの顔は先ほど見たぞ、そうだ、表彰式で間抜けな勘違いをしていたあの男だ!!!
そうか、ガイエ商会などという弱小商人が雇ったうだつが上がらない冒険者。
そのくだらぬ冒険者風情に、この俺の、このクアンドロス公ネロの、この次期ケルキヤ国王たるネロの完全なる構想が潰されたのだ!!!!!!!!!!!!
俺の先兵たる衛士どもを蹴散らし、オーガをも退ける、誰も望まぬつまらない結末。
そして、そして、あろうことかこのネロに、何やらブツブツと聞こえもしないセリフを呟き、親指を突き立てるという蛮行!!!!!!!!!!!
奴は分かっているのか!?
支配者に対し親指を突き立てる事の意味を!!
いや、分かりもせずあれほど堂々と俺に向かい親指を突き立てるはずがない。
そう、奴は知っているのだ、その行為の意味を。
立てられた親指が支配者への反逆を意味することを。
この余興を潰し俺の面目までも潰すという事か、それとも俺を殺すという事か。もしくはこの俺を害し自らが王位に就くという宣言なのか。
「フハハハハハッ!!!!」
俺は思わず笑い、周りの貴族共は恐怖と焦りを持った面持ちで俺を見る。
「この俺に反逆するということか、面白い。このネロに反旗を翻すということは、このケルキヤ王国を、いやこの世界を敵に回すことだと思い知らせてやろう。お前達、あいつを殺せ。いや、殺すな。生きたまま俺の目の前に持って来れば、お前達が望む褒美の数十倍の財宝を与えよう。幸運とは常に俊敏に大地を駆けまわっているのだ、お前達の目の前に現れた幸運を必死に追いかけるといい。フハハハハハッ、面白い、面白いぞ!!狩りの始まりだ、いけ、いけ、いけいけ、いけ、いけぇ!!!!!獲物を他の誰かにとられる前に駆けろ、駆けろ!!フハハハハハハハハハッ!!!!!!!!」
兵士達は色めき、貴族共は慌てて指示を出す。
さぁ、真の余興の始まりだ。
せいぜい必死に逃げて、俺を楽しませることだな!!!!!
 




