舞台に立つ
再び静まり返る競技場。
全ての観衆の視線が集まるその場所にオレはいた。
飛び交う石礫は王女に覆いかぶさる人狼に届く前に力なく地面に落ち、事態を飲み込めない市民たちは困惑の表情を浮かべる。
「また新手ですか。その身なり、旅の冒険者と見受けますが、安っぽい同情で助けに入ったのだとしたら今すぐこの場を離れることをお勧めします。人狼がその力を使い他者を殺めることは、例え相手が魔物であったとしても獣であったとしても即死罪。それはケルキヤ王国ならずとも、貴方の祖国でも同じはず。もしそうと知っていて、あえて庇い立てするというのであれば、我々は貴方も殺さなければなりません」
先ほどの背の高い男が慇懃無礼な態度で脅迫めいた言葉を口にする。
周囲の観客も口々に「人狼を殺せ」とはやし立て、その声が作る音の波は次第に競技場全体を覆っていった。誰もが冷静さを失い、オレが奉納式の表彰台に立っていた記憶など、砂浜に書いた文字が波にさらわれるように消え去っているのだろう。
「殺せっ、殺せっ!!」
熱に浮かされたように半狂乱になって声をあげる観衆。
お前達はいったい何を見ていたんだ。
オレは見た、この傷だらけの人狼がゴブリン達から必死に王女を守っていたのを。
オレは見た、化け物と蔑まれ、守ったはずの女性から槍を突き立てられた人狼が、安堵の面持ちで彼女達を見つめていたことを。
お前達は見ていなかったのか!?
「退く気はないようですね………仕方ありません、我らグランファレ商会は父なる神王の名のもとに、偉大なる叡王の定めし法に基づき対処する他ありません。お前達、人狼を奴もろとも処分しなさい。王女様はこれ以上傷つけないようするのですよ」
男の指示を受けるや否や、衛士達が一斉にオレを取り囲む。
不味い、人狼が王女に覆いかぶさっている状態では、転移するとしても二人連れていくことになってしまう。一国の王女を誘拐するようなことになれば、どうなるのかは想像に容易い。
これ以上妹達に迷惑をかけるわけにはいかない、ここは何とか凌いで、機会をうかがおう。
衛士達がオレに向かい槍を突き出す。先にオレを始末しようということか、それならば対処は容易だ。
まるでスローモーションかのようにゆっくりと動く槍を掴み、なるべく多くの衛士を巻き込むよう横なぎに払う。怪我をさせないように力を込めずに払ったものの、幾人かは勢いよく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
100レベルの純粋な魔法詠唱者であるオレだが、肉弾戦においてもレベルの半分程度の実力は有している。レベルが30に満たないルーフェが冒険者として名を馳せることが出来るこの世界のレベル帯であれば、一都市の衛士の動きに合わせ対応することは十分に可能だ。
ミカヅキのように多彩な魔法を持っていれば事態の打開は簡単だが、オレの魔法はどれも高威力・高範囲で、使用すればどれだけの被害が出るか想像もつかない以上、ここは肉弾戦で対処するしかないだろう。
衛士達の攻撃を受け止め、跳ね返す。
それを何度か繰り返すうちに、包囲の輪は段々と広くなり、衛士達の動きが目に見えて鈍くなっていく。
よし、この調子で問題ない。
相手に大怪我さえさせなければ、これ以上大事にはならないだろう。競技場に満ちていた観衆の殺気や狂気も幾分和らいでいる。激しく抵抗するわけでもなく、血も流れなければ空気は弛緩し、人狼を王女様から離す程度の余裕は出来るはずだ。
そのタイミングでディメンション・ドアを使い、逃げればいい。
人狼とはいえ、無数の石礫を投げつけられた後だ、深手を負っているかもしれない。シュトライトヴァーゲンブルグを出たら、ワカナに治癒してもらい、事情を聴き、安全な場所まで避難をする必要がありそうだな。
またミカヅキ辺りに怒られそうだが、それでも妹達ならきっと分かってくれるだろう。




