間違っているのは世界か自分か
あまり質の良くない興行主は罪人と猛獣、罪人と剣闘士という一方的な殺戮ショーを集客の目玉にしていたというが、これもそういった催しなのかもしれない。
そうなるとオレが期待していた真の剣闘とは趣旨が異なりそうだな。
プロの剣闘士の技の冴え、お互いの尊厳、時には命すら賭けた真に迫る戦い、観客席の熱狂、古代ローマのコロッセウムで行われていた剣闘の再現が見られるかもと期待したんだが、それはまた次の機会のお楽しみのようだ。
しかし、罪人にしては身なりがしっかりしていて、顔つきも育ちが良さそうに感じる。切った張ったの世界で生きてきた荒くれ者という雰囲気は皆無だ。
数で負けてるとは言っても、うまく連携できればゴブリン相手なら十分に戦えると感じるのは、オレがこの世界における強者であることからくる、傲慢さの表れだろうか。
「あぁ、あの前に出てるオッサンが死んじまったら戦線が崩れて後は一気だな………ほら、死にやがった。時間の問題だ、賭けは俺の勝ちだな」
「ちっ、ほらよ。まっ、小銭でグランファレの奴らが死ぬのを拝めるんだ、安いもんだぜ。おうおう、無様に泣き叫びやがって。泣きてえのは糞高いテメエんとこの商品買わされてるこっちだっつうの。しっかし、お大尽もああなっちゃ形無しだな。みっともねぇったら、ありゃしねぇ」
男達は個人的に賭けているのか、銅貨を数枚やり取りしながら酒を喉に流し込む。
「すいません、グランファレって、あのグランファレ商会ですか?」
オレは思わず話に割って入る。
「なんだ兄ちゃん、知らねえのか。この余興はグランファレ商会の親玉が大失態を犯した商会長を処分するためだって専らの噂だぜ。なんせ奉納レースに負けちまったからな、そらもうカンカンだって話だ」
「グランファレ商会に後ろ盾となる貴族がいるんですか?」
「あんた旅の人か。ここがクアンドロスの坊ちゃんの所領だってのは、この国じゃ知らない人間はいないさ。たしかネロとか言ったな、当代は」
ネロ?クアンドロス?
グランファレ商会の黒幕は大貴族なのか。
「そんなことより、飲め飲め。貴族様とまではいかねぇが、俺達から散々搾取してきた商人連中がゴブリンなんか下等生物に嬲り殺されるのは胸がスカッとするもんだぜ。何杯でも酒が進むってやつだ」
「おいおい、お前はいつも飲んだくれてるだろ」
ドッと笑い声が起こる。
この惨劇を目の当たりにして、怯えるどころか酒のつまみ代わりだと喜んでいる観客たち。狂っている。いや、この世界ではオレの感性こそがずれているということなのか?
ゴブリンの手により死体が増えていき、すべての男達が動かなくなったところで鐘が打ち鳴らされた。
妹達がここにいなくて良かった。
ナナセやミカヅキがいたならば、問題になるとわかっていても助けに入っただろう。醜悪な見世物だったな、これはオレが望んでいた剣闘じゃない。
………帰るか。
オレが踵を返し歩き出そうとした瞬間、もう一度鐘の音が聞こえた。




