与えられた物
リーゼロッテ様の顔が紅潮し、拳が硬く握りしめられる。
「ダメです、リーゼロッテ様、ご自重のほどを」
「………安心して、クローネ、もう何を言っても無駄なのはわかってる。ごめんなさい、気分が悪くなったわ。少し席を外すから、兄上がこれ以上余計なことをしないか見張っていて頂戴」
「ご賢明な判断です。かしこまりました、アタシがいれば他に矛先が向くことはありません」
「辛い想いばかりさせてごめんなさい」
リーゼロッテ様は貴賓室に集まる貴族達に一礼し、確かな足取りで部屋をあとにする。そうだ、このような悪臭のする場所はリーゼロッテ様に相応しくない。
一段と大きな歓声。
グランファレ商会長が広大な刑場に足を踏み入れ、鐘が鳴らされる。
この都市の商いを取り仕切り、多くの市民から恨まれる男がヨロヨロとした太刀筋で必死に剣をふるう光景は、どこか滑稽で、陰鬱だった。10数体のゴブリンはいたぶる事を楽しむかのように、男を少しづつ追い詰め、錆びた剣で腕を斬り、足を穂先が外れそうな槍で刺し、目に指を突き入れた。
ゴブリンの一挙手一投足に観衆が喉も枯れんばかりの歓声を投げかけ、この都市を支配していた男が肉塊となっていく様子をゲラゲラと手を打って嘲る。
彼はそこまでの悪事を働いたのだろうか。
彼は悪人だった、それは確かだろう。
他の商人から店を奪い、金を奪い、人を奪い、時には力を持って抑圧し、物流を支配し、多くの市民を困窮させた。
私服を肥やすことにのみ熱心で、人の苦しみを理解しようともせず、他者から奪い続けた。彼が死んで悲しみの涙を流すものは、歓喜の涙を流す者の数万分の一に過ぎないだろう。
しかし、彼は家族のために振るったこともない剣を持ち、盾となり、死んでいった。それも間違いなのだろうか。アタシにはわからない。
人が人を殺して歓喜の声をあげるこの空間が、自分とは隔絶された別の世界の出来事のような感覚がし、手が震える。
アタシの中に押し込められた何かが疼き、皮膚のしたから這い出ようとしている。
呼吸が早くなり、眩暈がする。ダメだ、この衝動に身を任せては、ダメだ。
裏切ることになる、リーゼロッテ様を、信頼を、あの瞳を。
それだけはダメだ。
アタシは人狼なんかじゃない!!
アタシにはリーゼロッテ様が名付けてくれたクローネという名前があるのだから。
「クアンドロス公、あちらをご覧ください!!」
ネロの従僕、いやネロに媚びを売る貴族が大声をあげる。尻尾を振った分だけご褒美が多くなるというわけか、お前たちの方がよほど犬らしい。
「おいっ、犬っころ、主人をゴブリンのエサにしておいて、自分だけのんびりと観戦とは良い身分だな」「えっ?」
この男は何を言っているんだ………いや、そんな、まさか!!
「リーゼロッテ様!!」
アタシの瞳に映ったのは、最後に残された女性と子ども達の前に凛として佇む、リーゼロッテ様の姿だった。




