開戦!!
「…こちらの慈悲に応える知能すら持たぬか。豚の飼い主の知能は豚に似るというわけだな。おいっ、構わん女達を連れてゆけ。荷馬車の豚とこの愚図は始末しろ。」
「貴様、いい加減に…!!」
オレが言い終わらないうちにグレンツァの前にアツコが立っていた。
見えなかった、いつの間に!?
一瞬の出来事に呆気にとられる兵士たち。
グレンツァも呆然としているが、我に返ったかのように無理矢理笑みを浮かべる。
「殊勝な心掛けだな自分から抱かれに来たのか。お前は部下に下げ渡すのを最後にしてやろ…ぐあっ!!」
アツコの前に、何か肉の塊のような物がボトリと落ちる。
………耳だ!!
グレンツァは左耳があった場所に手を当て、うめき声をあげる。
「女ぁ!!貴様俺に何をした!!」
「何をしたですって?お望みの物を渡しただけよ。言葉を喋る珍しい猿の耳。六万ゴールドどころか狼の肉にも劣る価値しかないけれど、貴方には必要でしょう?買い取らないのなら、このまま犬の餌にでもするけどいかがかしら?」
「…このクソアマがぁ!!殺せ、全員今すぐ殺せっ!!」
グレンツァは金切り声をあげながら自陣に馬を走らせ、それを合図に兵士が一斉にこちらに向かってきた。
「はぁ、バカ兄とアツコに任せるとやっぱりこうなるのね。仕方ない、派手にいくわ。『ファイアウォール』!!」
ミカヅキが唱えるいなや、アツコの前に高さ数十メートルにもなる分厚い炎の壁がうまれ、敵の進路を阻む。
「たかだか『ファイアウォール』でこの威力…やっぱり高位魔法は迂闊に使えないか。」
ミカヅキが呟く。
「ひるむな!!隊列を整え背後に周りこめ!!」
目の前にそびえる灼熱の炎壁に圧倒されながらも、檄にこたえファイアウォールの切れ目からこちらを目指す兵士達。
「ふふっ、ようやく可愛い可愛いワカナのショータイムの始まりね。盛り上がってこ〜!!」
ワカナは場違いな歓喜の声をあげると、回り込んできた兵士の馬に飛び乗りざまに蹴落とし装備品ごと奪うと、鞘に収めた状態の長剣をふるい草でも刈るかのように敵を薙ぎ払っていく。
「ほらほらワカナ頑張って〜。ワカナ後ろ後ろ〜。」
サヤは荷馬車に乗ったまま、まるで子どものサッカーの試合を見に来た親のような気楽さで戦況をみつめている…オレもあのポジションが良かった!!
「サヤ、なに遊んでるの!!仕方ない…これくらいは死なずに耐えてよ。『タイニィスパーク』!!」
ミカヅキの詠唱に応えるように微小な雷が空気を切り裂き敵を襲う。
無数の電気の棘が鎧ごと肉体を穿ち、馬上で失神する者、立ったまま動きを止める者、悲鳴をあげのたうち回る者など、地獄の様相だ。
金属鎧に雷属性の魔法は絵的にかなりエグイな…。
「逃げるな、戦え!!戦え!!」
その最中グレンツァは必死に声をあげるが、馬のいななきや金属がぶつかり合う喧噪のなかでは、一個人の叫び声など届くはずもない。
一層激しく燃え盛る炎柱に恐れをなしたのか敵の隊列は乱れ、怯える馬を制御できない者、被雷のショックで落馬するもの、ワカナの剣技により意識を刈り取られたもの、逃げるところ味方同士で衝突し起き上がれなくなるものなど、いよいよ混乱の度合いは高まっていく。
勝機!!
活躍のチャンスだ!!
ここで何か敵の戦意を決定的にくじくような魔法を唱えて、連日ストップ安状態のオレの株を上げなければ!!
でも、敵の命を奪うような魔法はまずいし、ミカヅキと被るのもダブり感があってオリジナリティがないし…ヤバイこのままでは役立たずのまま戦いが終わって、オレのカリスマ性がますます失われてしまう!!
こうなったらあの魔法しかない!!
カッコいい演出とか演出はこんな感じで…ええい、もうどうにでもなれ!!
「ふふ、混迷の極致でハードラックと踊っているところ申し訳ないが、私からもプレゼントだ。闇よりきたりて愚者を冥府へと招き入れよ!!死の呪法『ダークネスバインド』!!」
瞬間、地中より無数の黒色の腕が生え、生者を黄泉の国へと引きずり込もうとする。
本当に出来た!!
これが魔法か!!凄いぞオレ!!強いぞオレ!!
「ひぃい、手が!手がぁ!!」
既に馬から落ちていた兵士は無数の手に顔や首、四肢を掴まれ、ジリジリと地中に飲み込まれようとするところを必死に抵抗している。馬も足をとられ次々と倒れ、組み伏せられていく。
敵は最早恐慌状態となり、軍隊としての形をなしていない。
ここだ、ここで心をバッキバキに折る!!
見栄えがして、とにかくインパクトのある魔法といえばコレだ!!
「大地よ、我が身を天空へと導け!!『グローリアスタワー』!!」
詠唱に合わせるように地面が盛り上がり、数十メートルの土の円柱が現れる。
その頂点に屹立する一人の魔術詠唱者。
「聞け、愚者どもよ!!このまま立ち去るなら良し、留まるのであればその愚かさの代償として命を差し出すがよい!!もっともお前たちの命にその価値がなければ、行きついた先の冥府にすら安住の地はないことと知るがよい!!」
なんか自分でも何を言ってるかわからないけど、即興のわりにそれっぽい台詞言えた気がする!!
敵もメチャクチャびびってるし、ここは最後のダメ押しで…サモン・モンスター『ヴァンパイアバッド』。
「我にひれ伏せ、恐れ慄け!!フハハハハハハッ!!!ハーハッハッハッ!!!」
太陽を背に高笑いをする男、周りを飛び交うコウモリ、周りには業火が立ち上り、地面からは無数の黒い手が伸びている…完璧だ、完璧すぎる!!
「退却、退却だ!!後方に引いて態勢を立て直すぞ!!」
地獄の窯が蓋を開けたかのような光景に、敵は散を乱して我先と逃げていく。
馬も武器も、脱げた靴でさえもそのままに、這うようにその場を去る姿はまさに惨めな敗者そのものだ。
勝った、勝ったぞ!!
いけるじゃないか、オレ達は!!
「誰が退いて良いと言ったぁ!!戦えっ!!一族ごと縛り首にされたいのか!!戦えと言っているだろうっ!!」
グレンツァは必死に叫ぶが、最早その声をまともに聞く者はいない。
「戦えっ!!逃げるなあ!!」
「ぐぁっ!!」
グレンツァは半狂乱になりながら剣を振り、その切っ先は味方の肉を切り裂く。
「落ち着いてください。」
我を忘れ暴れ回るグレンツァの耳元でナナセが囁いた。
「もう戦いは終わりました。これ以上は無意味です。貴方のためにも、貴方のお仲間の皆さんのためにも、ここは大人しく逃げることをお勧めします。それに…」
ナナセは切り取られた耳をそっと元あった位置に添える。
「今なら簡単な治癒魔法で耳も元通りです。良かったですね。」
ナナセの優しい微笑み。
それは慈愛の発露であったが、グレンツァにとってどう見えたかまでは分からなかった。




