勝利か矜持か
「さっきからコイツらはなんなの!?次から次へと鬱陶しい!!」
ミカヅキが前方にウインドカッターを放ちながら文句を言う。
「もう10匹目くらいだよね、ヘルハウンド。ここら辺の名物なのかな?あるかな、ヘルハウンド饅頭とか」
「こんな物騒な名物あるわけないでしょ!!」
「識別用の首輪が見えます、恐らく障害物として用意されたものかと。でも様子がおかしいですね、こちらの攻撃にまるで怯みません」
「バーサクのような精神魔法でもかけられてるのか。それにしてもこの密度、先頭を行く者には簡単にはゴールをくぐらせたくないみたいだな」
オレは後方を振り返る。
既に後を追いかける戦車は数えるほどしかない。しかも、その多くは相次ぐ戦闘で息も絶え絶えといった雰囲気で、オレ達が迫りくる敵を露払いする形となっているため何とか進めているが、単独での走行となればモンスターに阻まれすぐさまリタイアとなるだろう。
しかし、そんな状況のなかでも意気軒高な者もいる。ケンタウロスが率いる戦車だ。彼らは自前の弓や槍を巧みに用い、狩りでも楽しむかのようにモンスターを始末している。
他の戦車を妨害するために用意された支給武器は持っておらず、他者にちょっかいをかける様子も見られない。純粋に闘争やレースを楽しんでいるようだ。
ミッドガルドでは、ケンタウロスは気が荒く闘争心が強すぎるという欠点こそあるものの、強者に対して敬意を抱き、弱者を不必要に痛めつける事のない武人気質な種族として設定されていた。どうやらこの世界でもその性質は受け継がれているようだな。
「それにしても数が多すぎる、まるで何かに追い立てられてるみたいだ」
「あっちゃんに追いかけられてた人達もこんな感じだったもんね」
ワカナの言葉にオレはあの光景を思い返す。そうだ、圧倒的な脅威にさらされた者が見せる狂騒、ただ前だけを見据え逃げ惑う姿、たしかに似ている。
「………ナナセ、コイツらが来た方向の様子を探知できるか?」
「轍の音とヘルハウンドの気配があるので自信はないですが………やってみます」
ミカヅキの言葉にナナセが答え、目を閉じる。
頭部に燦然と輝く猫耳がピクピクと動き、なんともカワイイ。やはり猫耳は正義だな!!
「………兄さん、はっきりとは分からないですが、凄く大きな気配を感じます。敵、それも巨大で、多くの人を巻き起こんでます」
「巨大な敵?バカ兄、どうする?別の道を進んでる戦車がトラップにハマってるだけなら、むしろ好都合。罠にかかったのが旭日の師団の戦車だとしたら、このまま進めば優勝だってあるかもしれない。でも………」
「もし違えば、レースの参加者だけでなく一般市民にも多くの犠牲を出す可能性もある、か」
ミカヅキの表情に影が差す。
「………風の噂で聞いたことがある。グランファレ商会の野郎共は、自分たちが負けそうになった時のためにとんでもない化け物を飼ってるっていう、大酒でもかっ喰らってなきゃ笑いとばしちまうような、くだらない噂を。でも、いまはアイツらがトップなんだ、そんな馬鹿げたことするわけがない。このまま進んで優勝を目指すべきだ」
サイラスの言うことは最もだ。確証もないなかコースを変えることは勝利を放棄することに等しい。それに大型のモンスターが出たからと言っても、シュトライトヴァーゲンブルグほどの大都市であれば十分な防衛体制が取られているはずだ。
しかし、アバドンのような敵が現れていたとしたら?
数時間もしないうちに都市は壊滅し、住民は皆殺しにされるだろう。
杞憂かもしれない。しかし…。




