見えない敵
「状況はどうなっている?」
「先ほど受けた報告では、我らが傘下の戦車が1位とのことです。2位にガイエ商会という聞きなれないチームがつけているとのことですが、このままいけばおぞましい化け物など頼ることなく勝利を収めることが出来るかと」
シュトライトヴァーゲンブルグ近郊の森で、フードを目深にかぶった幾人かの男達が声を潜める。
「そうか、指示が来ていないのであれば結構なことだ。だいたい会長は臆病すぎるのだ、もしこの化け物を解き放てばどうなる?戦車を襲うだけならいいが、シュトライトヴァーゲンブルグまでもが破壊の対象にならないとは限らないではないか」
「聞いている限りは命令に服するとのことですが…」
「上の言う事なぞ信用できるものか!!そうやって何人もの部下が死んだのを見てきた。こんなもの、使わずに済むのであれば、それに越したことは無い」
男はそう言って手元に視線を向ける。その手には豪奢な装飾が施されたスクロールが握られている。不意にパキリという木々を踏みしめる音がし、男達は音がした方向に視線を向ける。
「なるほどね、貴方達がサヤが言っていた戦車ではない敵ってやつかしら」
視線の先には背が高く美しい女性が立っている。
「誰だ!!」
「失礼ね、女性の名を尋ねる時は、まず自分から名乗るのがマナーでしょ」
怪しげな集団を目の前にしても、なお余裕な態度を崩さないその女に男達は身を固くする。
「今すぐここから立ち去れば見逃してやる。これ以上余計ない詮索をするようであれば…わかるだろう?」
男の言葉に女は微かに笑みを浮かべる。
「あまり見逃してくれるような雰囲気じゃないけど………そうね、せっかくだし冥土の土産ってやつの代わりに、そのスクロールの使い方をレクチャーしてくれない?私苦手なのよね、マジックアイテムの扱い」
「スクロールが目的………同業者という訳か。どのみち生かしておくわけにはいかないようだな」
男達は言うや否や、短剣を抜き、一斉に女に襲い掛かる。その短剣が喉元を切り裂こうとする瞬間、女はニタリと嗤った。
「気が早いのね、余裕のない男はモテないわよ」
女がそう言うと、女に飛びかかった男達の頭部が胴体から転げ落ち、頭を失った首からは噴水のように血が噴き出した。
「あらっ、一人くらい残したと思ったけど、全員殺しちゃったみたいね。まあいいわ、どうせスクロールの使い方はなんてどれもこれも似たようなものでしょ」
女は鼻歌まじりに、既に息絶えた男の腕を熟した果実でももぐようにひき千切った。
「戦車ではない敵に気をつけろ、か………仰る通りです」
女は不敵な笑みを浮かべるとスクロールを開き、千切った腕から流れ出る血を、そこに描かれた刻印に注ぐ。
「では、存分に楽しんでくださいね、兄様」
スクロールが激しい光を放つなか、女は何事もなかったかのようにその場を後にする。
音のない森には幾つかの死体と、それを貪る異形の影のみが残っていた。




