車輪が背負う物
「リーゼ、お前も来ていたのか。わざわざ俺の自領まで会いに来るとは、口は悪くとも態度は素直だな」
貴族とその付き人のみが入ることが許される競技場の貴賓席に下品な声が響きわたる。
「いえ、父上の名代として来たまでです」
「そういうことにしておいてやるか。見ろ、我がチームの戦車の輝きを!!深紅に包まれた荘厳かつ煌びやかな作りは、まさに次代の王の麾下に相応しい。護衛は下賤な異民族どもだが、腕は立つらしいしな。それに比べてどうだ、他のチームのみずぼらしいことを!!塗装すら剥げた安物で我が戦車に挑むとは最早不敬を通り越して滑稽だな、ハッハッハッハッハッハッ!!」
「グランファレ商会が長年権益を独占していることで、他の商人達は困窮しているのでしょう。私にはあの深紅の煌きは、グランファレ商会に吸い上げた民草の血の色に思えます」
「ほう、それならばグランファレ商会の親玉である俺は吸血鬼といったところか、ならばお前は吸血鬼の花嫁になるわけだな。せいぜい寝所で俺に血を吸われないよう気を付けるんだな、実際はお前が血を流すことになるわけだが………おっと、レディーの前で品がなかったか、ハッハッハッハッハッハッ!!」
ネロの馬鹿笑いが鼓膜を揺らすたび、アタシの肌がピリピリと泡立つ。この増長と傲慢さこそがこの男の足元を不安定な物にしている事は頭では理解できるが、人の感情とは必ずしも理性の友であるわけではないらしい。
「兄上、王族による商行為は禁じられています。ましてや自領の商権を一手に収める商会とのつながりを隠す気もないとなれば、どんな噂が立てられてもおかしくありません。例えば、グランファレ商会が王族と手を組み、奉納レースから商売に至るまで不正により権益の独占を謀っている、などという噂を」
リーゼロッテ様の追及にネロは面倒そうな様子で首を振る。
「貧乏人の妄想だ、聞くにたえんな。金もなく才もなく暇を持て余すと間の抜けたことを考えるらしい。そうだ、建国祭が終わったら市民どもに新たな労役を課すとしよう!!俺が玉座に着く際には各国の王族を招いてここで大々的な戴冠式を行わなければならないからな、貧乏人共にはその舞台でもこしらえさせるとするか、アーハッハッハッ!!!」
ネロはリーゼロッテ様が今にも殴りかからんばかりに睨みつけているのも気づかず、一人高笑いをあげる。やはりこの愚物にケルキヤ王国の未来を任せるわけにはいかない。もちろん、リーゼロッテ様の未来も。
この男の地盤に亀裂を生じさせ、この都市を圧政から救い出す。そのためには奉納レースに勝ち商権を勝ちとるしかない。
アタシは先日あった6人の冒険者たちの顔を思い浮かべる。一人年かさの男性こそいたものの、その容貌はどこか頼りなく、その妹である若い少女達のほうがよほど凛々しく、頼もしさを感じた。駆け出しの、しかも異国出身、流しの銅等級の冒険者。
不安がないと言えば噓になる、いや不安しかないと言った方が正確だ。しかし、打てる策は打っている。勝利は願うものではなく、勝ち取る物なのだ。
あの1台のボロボロの戦車とあの冒険者たちには、この都市の、ケルキヤ王国の、そしてリーゼロッテ様の未来がかかっているのだから。




