まさかの参戦者
「神王教会の偉いさんはほっておくとして、敵としてはバーグ商人組合も侮れないぜ。参加チームこそ2チームと多くはないが、軽量化された戦車に3名の乗員とスピード重視の構成で、ほっておくとスタートダッシュで置いてかれかねない。まあ障害物代わりの魔物に襲われて、大抵すぐ潰れるんだがな。他には…」
「ねぇねぇ、いっちゃん、ケンタウロスいるよ!!ケンタウロス!!」
サイラスの説明を掻き消すような大声でワカナが叫ぶ。
「何あれ、あんなの有りなの!?」
ミカヅキの視線の先には紛れもなく4頭…いや、4人のケンタウロスが牽引する戦車が見える。
ケンタウロス!!
ファンタジーの定番とも言える半人半獣の種族だ。馬の首から上の部分がそのまま人に置き換わったような見た目をしており、気性は荒く力は強い。ミッドガルドでもその勇壮な外見と戦士や射手としての優れた能力、そして圧倒的な機動力から人気が高く、上位ランカーにも使用者が多くいたのを覚えている。
「南にあるっていうケンタウロスの国から毎年参戦してくるのさ。今年は1チームだけみたいだな。俺が生まれる前なんかは部族ごと参加しに来たせいで、引受先の商人が飼葉の手配で破産したって笑い話が残ってるぜ。馬に比べれば力やスピードはやや劣るが、仲間同士の連携は抜群で、なにより一人一人戦闘力を持ってるのが厄介だな。ちなみにケンタウロスは馬じゃなく乗員としてカウントされるから、戦車に乗るのは魔法使い二人なのがせめてもの救いだ」
グランファレ商会にバーグ商人組合にケンタウロス。初めての戦車競走に不案内な街並みに加えて、ライバルチームにまで気を配らなければならないのか。
うぅ、胃が痛くなってきた。
「あれ、イツキさんじゃないですか?どうしたんですか、ひょっとして奉納レースに参加されるんですか?」
どこかで聞き覚えのあるこの声は………。
「ヨーサさん!!」
オレは思わず、その場から飛び跳ね距離を取る。
「そんなにビックリしなくてもいいじゃないですか」
柔らかな笑みと不穏なオーラ。そこにはいつものブリブリな格好とは違い、身体にピタッとフィットした冒険者のような装いをしたヨーサさんが立っていた。
「どうしたんですか、その服装………ひょっとしてヨーサさんもレースに参加するんですか?」
「はい、お世話になってる商人の方のチームでたまたま負傷者が続出して、たまたま代わりになる人間を探してて、たまたま私が戦車競走に興味があったので代理で乗せて頂くことになったんです。でも、イツキさんも同じレースに出るなんて全然知らなかったです。運命の赤い糸ってやつですかね?」
ヨーサはそう言いながら、オレの小指に自分の小指をねっとりと絡める。
オレの意志とは無関係に身体の様々な箇所が反応しているが、これは罠だ!!この運命は絶対仕組まれてるものだ、間違いない!!
「あ~、いっちゃんが知らない女の人と浮気してる!!なっちゃん、みっちゃん、こっちこっち!!」
「あら、可愛い妹さんに見つかっちゃいましたね。家族の団らんを邪魔するのも申し訳ないですし、私はこれで失礼します。それではレースでお会いしましょう」
ヨーサはそう告げると、ほのかな残り香だけを置き土産に雑踏のなかに消えていった。
「どこにモテモテなバカ兄がいるの。いつも通り冴えない顔して突っ立ってるじゃない」
「席を外されたんでしょうか、残念です、兄さんを慕う女性ならご挨拶したかったのに」
「あれ~、もういっちゃったの?いっちゃん、ダメじゃん、ちゃんと引き留めてくれないと~」
オレは妹達の反応を背に受けながら、彼女の残り香を何度も確かめていた。




