はじめての戦車
「おう、来たか、逃げないでくれて嬉しいぜ」
「逃げるわけないでしょ、冒険者が契約を結んだ以上、依頼は必ず達成する。そうでしょ、バカ兄」
ミカヅキの言葉にオレは反射的に頷く。『依頼を必ず達成する』か………あの場の雰囲気に流されたとはいってもオレが言っちゃったんだよな、その言葉。
奉納レース前日、オレ達はサイラスの提案で戦車に試乗することになった。昨日まで調整に出されていた戦車はお世辞にもピカピカとはいえず、車軸の調節や故障個所の確認等、走る上で必要なチューニングだけがなされているようだ。
ちなみにアツコとサヤは『秘密の作戦』があるとかで今日はこの場にいない。
グランファレ商会がどう仕掛けてくるか分からないなか、戦いは必ずしも戦車同士で起こるものだけとは限らない。オレ達は戦車上の戦いに集中せざるを得ない以上、その他の戦いについてはアツコとサヤに任せよう。あの二人ならきっと上手くやってくれるはずだ。
「戦車っていうけどあんまり丈夫そうじゃないね。お馬さんもユニコーンとかペガサスじゃない普通の馬だし。魔法とかでドーンってなっても走れるの?」
「ああ、それは問題ない。しっかりと訓練された軍馬だからな。それに当日は全ての馬と戦車に神王教会の神官が祝福を授けてくれるんだ。ルールを破るようなことさえしなければ、神の奇跡が守ってくれるぜ、馬と戦車だけはな」
「冒険者は自分で身を守れということですね」
ナナセの言葉にサイラスはゆっくりと首を縦に振った。
逃げるのを心配してたのにはそういう理由があったのか。確かにグランファレ商会に袋叩きにされるのが半ば運命づけられているなか、最悪死ぬ可能性があるのに勝ち目の薄い依頼をうける人間は激レアだろうな。
「とりあえず、今日は馬達の連携の確認や戦車の調整も兼ねて壁外を軽く一周まわるぜ。ただココらには道に迷ってた隊商や夜中にこっそり壁内に入り込もうとする質の悪い商人を狙った野盗やらモンスターが息を潜めてるからな。遭遇しても基本は逃げるが、マズいことになったら頼むぜ」
「任せなさい、たかだか野盗やモンスター如きに遅れを取るようじゃ、優勝なんて夢物語だから」
「頼もしいぜ。じゃあ、乗り込んでくれ。最初は慣れるために枠でも掴んでてくれて構わないが、慣れてるチームは御者台の連結部分、左右の足場、後部の車軸の覆いなんかに陣取ることが多いな。あんたらも出来るってんならやってくれて構わないぞ」
サイラスが何食わぬ顔で素人同然のオレ達に神業を要求する。
いや、無理に決まってるでしょ!!オレなんて電車でもつり革持ってないと揺れに耐えられなくて、寄りかかったサラリーマンに睨まれるレベルだからね!?そういうのは満員電車で足腰と平衡感覚が鍛えられたサラリーマン以外無理な芸当だから!!
「行くぜ、掴まってろよ!!」
サイラスの号令一下、戦車が動き出す。
「おっ、これ速いな、速い、揺れる、揺れるっ!!」
「なに必死にしがみついてるの。そんなんで、どうやって戦う気?」
「いっちゃん、生まれたてのアルパカみた~い」
「大丈夫です兄さん、すぐに慣れますから」
オレは妹達の言葉に応える余裕もなく、縁に懸命にしがみつく。
すぐに慣れるとはいっても、子供向けジェットコースターですらビビるオレに、安全装置のついていない絶叫マシンのような挙動をする戦車にどう対応しろと言うんだ!!
10分程戦車にしがみついていると徐々に都市内の喧騒が遠ざかり、地面を駆ける車輪と軋む戦車の音だけが広大な草原に溶け込んでいく。オレは車体から手を放し、慎重に立ち上がる。
「立った、立った、いっちゃんが立った~」
「感動のシーンでもなんでもないけど」
「兄さんその調子です、あとはその状態で周囲の状況を把握して、適切なタイミングで有効な魔法が打てれば、それだけで完璧です」
ナナセの『だけ』が高度過ぎる!!




