狼に囲まれて
「悪いわね、荷運びまで手伝ってもらって。」
「いえ、今日も泊めて頂くのですから、礼を言うのは我々のほうです。」
ラグさんの言葉にオレは軽く手をあげて答えた。
「なんでバカ兄がやってる感を出してるの、御者はワカナでしょ。」
ミカヅキの言葉に挙げていた手をスッと下すと、オレは辺りを見回した。
鬱蒼とした森を歩いていた昨日とは打って変わって、だだっ広い平原に一直線に筆を走らせたかのように伸びる小路を馬車に揺られながら進むのは気持ちが良いものだ。
御者台にはワカナがいて、半ばふざけながら巧みに馬を操っている。
「でもワカナのスキルがこんな風に活かせるなんて思わなかったかも。バカとワカナは使いようってやつだね…あっ、同じ意味か。」
サヤがサラッととんでもなく失礼なことをいう。
しかし、ワカナのスキルがこの世界でも問題なく活用できることには、俺にも新鮮な驚きがある。
ワカナは敵の攻撃を自分に集めパーティーの盾役となる『タンク』としての能力を得るため、ホーリーナイトやパラディン、ロイヤルガードなど防御力が向上しやすく、優秀な防御スキルを有しているクラスを中心にしたクラス構成になっているのだが、いわゆる騎士的なイメージのクラスだからか自動的に取得できるスキルとして『乗馬』『馬術』が含まれており、本人としてはやった事もない御者の仕事を器用にこなしている。
ミッドガルドでは実際にゲーム上で役に立つスキルの他に、こういった各キャラの個性を際立たせるためのスキルが多く設定されているが、ミッドガルドでは死にスキルだったものもこちらの世界では意外な形で役に立つんだな。
妹達が調べたところ、自分やパーティーの仲間の能力やスキルであれば、コンソールで確認できるとのことだし、時間が出来たら一度持っているスキルを再確認する必要がありそうだ。
「どうやらミッドガルドでのスキルがこちらの世界でも問題なく機能するようですね、兄様。転移魔法や特技としてのスキルが使えることがわかりましたし、早く戦闘系のスキルも試したいところですが…どうされました、兄様?」
アツコはそう言うとオレを見つめる。
正直なところ昨日は異世界転生初日ということでテンションが上がりまくっていたおかげか、妹NPC達とミッドガルドの延長線上の感覚で話せていたけれども、1日経って少し冷静になったいま、自分のような年齢=童貞の対女性スキル0人間がこうして芸能人を超えるような絶世の美女と肩を寄せ合っているという事実に緊張しまくっているのだ。
というか、こんなに可愛く若い女性と手や肩がしょっちゅう触れ合う状況で、オレのような健全なオッサンに冷静でいろという方が無理な話だ。
特にアツコは近い。
超距離感が近い。
こうしてオレの顔を覗き込む時なんか、あと10㎝も近づけば再び唇が触れ合うような超至近距離で見つめてくる。
昔先輩に連れていってもらったキャバクラでもこんな近くなかったぞ!!
ダメだ。このまま二人で会話をしていたら理性が持たず自分自身もう何をしでかすかわからない…アツコ以外に話を振って周りを巻き込もう。
「それにしても、今日も泊めて頂けるなんて本当に有難いです。」
オレはわざとらしくラグさんに再びお礼を言った。
「いいのよ、お礼を言うのは私の方。貴方達のおかげで馬車に馬まで貰えちゃったんだから。」
ラグさんは嬉しそうに言った。
オレ達がなぜ馬車に揺られているかについては、少し時を遡る必要がある。
昨日森の奥にあるオークの村で夜をあかしたオレ達は、翌日早朝からラグさんの案内で近隣の人間が住む村に向かった。
人間が住む村という言葉に変なものを感じるが、こちらの世界では亜人に限らず様々な種族が村落単位で集団生活を送っているらしく、ラグさん達からすれば我々が何気なく『オークの村』『エルフの村』などと呼ぶのと同じく『人の村』と呼ぶのだろう。
近隣の人の村までは徒歩でおよそ6時間ほど。
出発する時には薄暗かった空も、村に近づいた頃にはすっかり天高くのぼっていたほどだ。
村に向かう目的としては、ラグさんは交易のための交渉、オレ達はこの世界の情報収集だ。
オークの村でラグさんやダグさんから色々とこの世界の事を聞けたものの、本人達が村の外のことについてはあまり詳しくないと明言するだけのこともあり、あくまで分かったことはオーク族の、更に言えば二人が住む村のことが中心だったので、情報量が圧倒的に不足していることに変わりはない。
特に個人的には異世界定番の『冒険者ギルド』について知りたかったのだが、オークはどちらかと言うと冒険者に追われる側ということもありあまり聞くことも出来なかったため、村に知っている人間がいることに淡い期待を抱いていたのだ。
このようにラグさん含めた7人パーティーで進んでいたところ、事件が起こった。
ちょうど森を抜けた辺りで大型の狼の群れに囲まれたのだ。




