誰がために
「話にならない、バカ兄、帰る」
「え~、みっちゃん、金貨4000枚だよ、金貨4000枚!!1着になったらデザートビュッフェホテルごと食べ放題だよ、受けようよ~、依頼~」
席を立ったミカヅキの手をワカナが掴み、イスに引き戻す。
「ロクに手付金も支払えない依頼人なんて信頼に値しない。この依頼を受ければ私達はこの都市を仕切るグランファレ商会を敵に回す。それだけのリスクを背負ってまで、正道を示すために力を尽くそうとここまで出向いたのに、大金とはいっても優勝賞金の一部を渡すだけで身銭を切ろうともしないなんて、ふざけてる」
ミカヅキは吐き捨てるように言った。正義感の強いミカヅキ的には報酬の額というより、リスクを一方的に冒険者に負わせる不公平さが許せないんだろうな。
「仰ることはごもっともです。しかし、見ての通り我々も財政的に豊かとは言えません。戦車の維持にも多額の金銭を必要とします。一攫千金を夢見た冒険者達から登録料と称して金銭を受け取り、参加を許可するチームもあるなか、成功報酬のみとはいっても賞金のほとんどをお渡しするという我々の条件は必ずしも悪い物ではないと思いますが」
アロナと呼ばれるウマの着ぐるみが冷たい声で言い放つ。緊迫した場面なんだとは思うが、ウマとクマのビジュアルが強すぎて、一切内容が頭にはいってこない。
「お支払いします」
不意にローゼと呼ばれているクマの着ぐるみが口を開く。まあ口を開くとは言っても口は着ぐるみで覆われて見えないんだけども。
「ローゼ様?」
「金貨10000枚、ただし成功報酬であることには変わりありません」
「バカですか、そんな大金どう用意する気なんですか!?」
「大丈夫、借りる当てはあるわ。どうでしょう、お受けいただけますか」
「優勝すれば莫大な利権が手に入る。その権益を切り売りすれば簡単に支払えるって算段?ますます気に食わない」
「どうしてそこまで成功報酬にこだわるんですか?私達は冒険者ランクも低いですし、そこまで高い成功報酬をご用意いただく必要はありません。お互いがリスクを負担する意味で、金貨100枚だけでも着手金を頂ければ、喜んでお受けするのですが」
ミカヅキの心情をナナセが代弁する。
「成功報酬のみというのは、優勝以外意味がないからです。着手金だけで満足して頂いては困るのです」
「結局貴方達も権益の独占が目的ってわけね、グランファレ商会と変わらないじゃない!!依頼は受けない。話は終わり」
「違います。権益を平等に分けることがガイエ商会の、いえ私の目的です。グランファレ商会が独占してきた一等地の商権を解体し、全ての商人に分け隔てなく与える。そのためには優勝以外意味がないんです!!」
「権益の解体と再分配って………そんなことをしても貴方達にはなんのメリットもないじゃない」
ミカヅキの疑問は当然のものだ。それどころか優勝賞金以上の報酬をオレ達に支払えば完全な赤字。なにか利益を生み出すためのカラクリがあるのか?
「メリットはあります。シュトライトヴァーゲンブルグの住民、ひいてはケルキア王国民の繁栄。それこそが一番の利益であり、至上命題です」
「どうしてレースの優勝が皆の幸せに繋がるの?ワカナ、全然わかんない」
話のスケールが大きくなりすぎて困惑しているオレにとっては、ワカナも率直な質問がありがたい。
この場の最年長者として、そしてパーティーのリーダーとしてなんでも理解してるふりをしないといけないからな…。
「グランファレ商会は中心街での商権を独占することで多くの商人を傘下に置き、不当に商品の値を釣り上げています。貴方がたも感じたのはないですか、この都市での異常な物価の高さを」
たしかにエルベスと比べ宿の価格帯は3倍近かったな。
都会なだけに宿泊料が高いのは仕方のないことなのかと思っていたが、食料など生きていくうえで絶対に必要となる商品までもが同様に高騰しているのだとすれば由々しき事態だ。
「グランファレ商会の傘下が法外な値段で商売しているのなら、ガイエ商会ふくめて他の商人が適正な価格で売れば客は流れてくるでしょ」
「安く売る商人は仕入れを妨害されるのです。穀物から野菜に果物、衣服や武具に至るまで、都市の外から運び込まれる商品はそのほとんどが一度グランファレ商会を通すことになっているのです。グランファレ商会は流通の大元を抑えることで、彼らの意のままにならない商人を徐々に排除しています」
「なるほど、物がないんじゃ、どれだけ優れた商人でも売りようがないな」
この世界にはもちろん独占禁止法なんてないだろうし、談合もやりたい放題なわけか。法律がある現代日本でさえ上級国民同士で結託して好き勝手やってるわけだから、法が未整備な状況でそれを止めるのは実力行使以外に不可能だろう。




