誇りと命と
「聞こえなかったのか?竜燐の騎士よ。俺は剣をやるから人狼を退治しろと言っている。褒美が金銀から自らの生命の保証に変わらないうちにサッサとやれ」
アタシの思考を断ち切るように、酒気によりほのかに紅潮した頬を強張らせたバカが真顔で言い放つ。本気で言っているわけではないだろう。それはアタシでもわかる。
王宮内で剣を抜けば良くて国外追放、通常であれば死罪は免れない。命令した者も同様だ。
バカに媚びへつらう貴族しかいないのであれば、揉み消すことも出来るかもしれないが、ライバルである王位継承者相手にそんな手は通用しない。いくら何でも常軌を逸した命令だ。
「どうした、早くしろ。私が英雄役を引き受けてやってもいいが、将来の王たる者が人狼如きにアタフタと剣を抜いたとあっては外聞が悪いからな。こういった汚れ仕事は冒険者の領分だ、私はわきまえている男だからな。ほら、やれ」
「お断りします」
「何をいっている、褒美の上乗せが望みか?仕方ない、ならば金貨1000枚でどうだ。私にとっては小銭同然だが、一介の冒険者にとっては目もくらむ大金だろう?相変わらず私は懐が豊かで、懐が深い。慈悲深さと気前の良さを同時に持ち合わせる、未来の王の寛容な御心に感謝するんだな」
「お断りします、と申しました」
竜燐の騎士が毅然と命令を跳ね除ける。
「彼女には危険性を感じません。人であっても、人狼であっても、他社に害を及ぼさない者を斬ることは出来ません」
「なんと愚かな。竜燐の騎士などと言っても所詮そこらのならず者と変わらないとは。王位継承者の命令が聞けないのか?」
「はい」
明確な拒絶にバカがため息をつき、気だるげに剣に手をかける。
「選べ、命を取るか、誇りを取るか」
「抜くとあらば加減は出来ませんが良いのですか」
「やめてください、ネロ様!!」
白刃が抜かれようとした瞬間、二人の間に一人の女性が走りでる。
「フィーネ、ウラウベル家を飛び出したかと思ったら冒険者などという下らん賎業に身をやつしていたとはな。ちょうどいい、元婚約者の慈悲だ。お前がその男の代わりに人狼を斬れば、今回の非礼は許してやろう。なんなら妾にして王の子を孕ませてやってもいいぞ。女は抱かれている時が一番価値があるのだからな。お前の父もそれを望んでいる。少なくとも土臭い冒険者ごっこをしているよりよっぽど。まあ、貴族にあるまじき肉体労働で多少は尻や乳は固くなったかもしれんが、まだまだ十分に魅力的な肢体をしている。ただの妾にするのは勿体ないほどだ、誇っていいぞ。それとも何か、そちらの名ばかりの騎士様相手に腰を振るのに忙しいか?それなら、その下賤な営みを私の前で披露したら許してやろう。どうだ、なかなか冴えた提案ではないか、ハハハハハハハッ!!」
大広間に高笑いが響きわたり、フィーネ様が唇を噛みしめる。
バシンッ!!
その高笑いを掻き消すような音。
「兄上、恥を知りなさい!!」
リーゼロッテ様に頬を叩かれたバカが表情を変える。
「リーゼ、兄として、未来の夫として、王として、その犬っころよりも先にお前を躾なければならないようだな。しかし、流石にお前を斬るわけにもいかん、肌に傷がつけば価値が下がる。傷物の宝石など石ころと変わらんからな。代わりに人狼を斬るとしよう。やることは変わらないが、犬っころは主人のために死ねるのだ、名誉なことだろう?」
「ネロ様、いい加減になさってください。病床の王にこのような事をご報告申し上げることになれば、私の立場がありません。ご自重のほどを」
ティベリウス候が頭を下げる。
「ほう、ほほう!!これはこれは、叔父上も人に頭を下げることがあるのだな。ハッハッハッこれは良いものを見た、王宮内ではいつもそうしてペコペコと安物のオモチャのようにしてくれると助かるんだがな。リーゼ、今回は許してやろう。ただし、夫となり王となった暁にはしっかりと躾けるから覚悟しておくんだな。それにフィーネ、仮にも恋仲だったのだ、喰い詰めたら妾にしてやる位の情は残っている。よくよく覚えておくことだ。それでは俺はこのあと狩りがあるのでな、今日はこの辺りで失礼するとしよう。本当であればお前の犬っころを狩りに使ってやろうと思っていたんだが、当てが外れたな。ハハハハハハハッ!!!」




