暗闘
前のページにAI絵師先生に描いてもらった画像つきの登場人物紹介ページを追加しましたので、是非ご覧ください。
一方で第二王位継承者であるネロ、いや、このバカは残念ながらリーゼロッテ様の有力なライバルであると言わざるを得ない。実子でこそないが、父である現王の兄が早くに亡くなったことから国王陛下の養子となっており、年齢も21歳と成人している。
本来王位を継ぐはずであった実父が有していた莫大な所領を有し、将来的に王位に就く者に与えられることが多いクアンドロス公爵位も継いでいる。経済的・政治的基盤という意味では、3人の王位継承者のなかで一歩抜きんでた存在と言えるだろう。
しかし、バカだ。
そして、クズだ。
リーゼロッテ様とこのバカを結婚させ、共同統治という形としてはどうかと王に進言した佞臣がいたというが、リーゼロッテ様の柔肌にこの愚物が触れることを想像するだけで眩暈がし、吐き気を抑えきれない。政略結婚は王家の常とはいえ、見知らぬ他国の王族と婚姻関係を結んだほうが数百倍幸せになれるに決まっている。
幸い王は『血縁上は従兄妹ではあっても兄弟間の結婚は忌むべき』という賢明な判断を下されたため、以後そのような下らない戯言を口にする者はいなくなったが、このバカだけは未だにありもしない可能性にしがみついているのか、事あるごとに『将来の夫である俺が』などと妄言を吐いている。
もしこのバカがリーゼロッテ様の寝所に忍び込もうものなら、アタシがその首を噛み切り、そして自死すると心に誓っているのは、誰にも言うことの出来ない秘密だ。
しかし、有力貴族の中にもこのバカの愚かさと心の醜さを忌避する良識派は多く存在しており、先ほどのような愚にもつかない嫌がらせ、いや本人としては本当に余興のつもりなのだろうが、そういった品性に欠ける行動をするたびにその噂はどこからともなく広まり、少しづつ人心が離れていることをこのバカは気づいてはいないだろう。
近頃ではアタシもこのバカがどんな愚かしい行動を取るのか、ある種の期待を抱きながら近づいている。それが少しでもリーゼロッテ様の王位継承に役立てるとなれば猶更だ。
ただし、頂点が軽いほど尖塔が安定するように、愚者が王であることを望む者が多いこともまた事実である。
このバカにも、おだて、担ぎあげ、バカを矢面に立たせることで、愚者が作り出す影にこっそりと隠れ、暗がりでクヌギのミツに群がる昆虫のように私腹を肥やそうと考える輩もいるのだ。
そういった有象無象の連中を見分け、時には味方に引き込み、時には排除する。それがアタシに課せられた責務なのだろう。
王位を争う最後の一人が第三王位継承者であるティベリウス候となる。
国王陛下の弟ということで直系ではなく、母も平民であるため後ろ盾もない。本来であればリーゼロッテ様とバカの一騎打ちに割り込めるような立場ではないのだが、奇術のような手練手管で陰謀渦巻く王宮を渡り歩き、気が付けば王位継承レースに参戦するまでに昇りつめた油断ならない男だ。
28歳という年齢にも関わらず、病に伏せている国王陛下の右腕として外交や軍政を担っており、王や王政に参画する貴族からの信頼も厚い。
けれども、王宮に来る前には存在すら知られていなかったという怪しい出自、どこか得体の知れない仮面のような張り付いた笑顔、異例の出世の裏に覆い隠された怪しげな噂の数々に、漠然とした不安を抱く貴族も多い。
ふと気が付けば皮膚の下に潜り込み、身体を内側から貪る寄生虫のように、ケルキヤ王国を土台から食いつぶすのではないかという形を持たない疑念。
いつかその薄っぺらい仮面に隠された真実を白日の下に晒してやる。




