愚者なる義兄
「くさいくさいくさいくさいくさい。におうぞ、薄汚い犬っころの臭いだな。よくもまぁ、王族が集う円卓に野良犬を侍らせることが出来るものだ。しかし、くさい、たまらんな。これだけ臭ってきては食事どころではない。日を改めてたほうがいいんじゃないか、リーゼ。叔父上もそう思うだろ?」
お決まりの言葉。くだらないやり取り。
もう何回繰り返されたかわからない光景にアタシは辟易する。
声の主は国王の兄の遺児、つまりリーゼロッテ様の従兄にあたる、クアンドロス公ネロ・フラウディウス・パラティーノ。
その重々しい名とは裏腹に、鶏よりも軽い脳みそを持つ、愚鈍で下劣で傍若無人な男だ。
「兄上といえど、私のメイドへの侮辱は看過できません。クローネへの非礼をお詫びいただけますか」
「ほう、クローネというのだったか、その犬っころ。野良の割に立派な名前を貰っているな。ハハ、いいなコロネ、こっちにこい毛並みを確かめてやる、ついでに肉付きもな。ほらっ、こいこい」
「コロネではありません、クローネです!!それにクローネの名はこれまでにも何度もお教えしております」
「犬の名などいちいち覚えていられるか。ほらっ、ワンと鳴け。いや、ワオーンだったか。まあどっちでもいいか。しかし、無口だな。つまらん。喋ることができないのか。人の姿を偽っていても所詮は犬か。ワンコロだな。尻でも引っぱたけば鳴くか?おいっ、こっちに来て尻を突き出せ、なに恥じらう必要はない、所詮犬のケツだからな。獣姦趣味でもなければ興奮はしない。そうだ、叔父上にはそういった趣味はないだろうな」
「ネロ様、ほどほどになさってください。ホストとしての私の面目が丸つぶれです」
ネロは諫める言葉を聞く気もないのか、大笑いしながらアタシに向かって手招きをする。イボガエルのほうが幾分引き締まった表情をしているだろうアホ面を目の前にすると、怒りよりも哀れみが勝つ。
「つまらん、つまらんぞ!!どうすればいい、そうか、ほら、餌をやろう、お前のような犬っころには勿体ない肉だ。遠慮することはない、喰え。皿はないが、絨毯のうえに落ちた物ならお前にはむしろ上等だろう」
ネロはそう言ってローストビーフにナイフを刺すと、アタシの前に投げてよこす。グレイビーソースが飛び散り顔にかかると、煮詰められた赤ワインと肉汁が放つ濃厚な香りが辺りに立ちこめた。
「兄上!!」
顔を真っ赤にして立ち上がろうとするリーゼロッテ様を一本の腕が遮る。
「ネロ様、お戯れがすぎるのではありませんか。客人もいらっしゃいます。余興でおもてなしされるのも結構ですが、王宮の遊びに慣れていらっしゃらない方々にとっては、いささか刺激が強いかと」
「おお、そうだった、そうだった。今日はかの高名な竜燐の騎士様も同席していたのだったな。一人で竜を倒したやら、サイクロプスの軍勢を押し返したやら、アホでマヌケな吟遊詩人でも歌うのを恥じるような大袈裟な武勇伝を聞くのを楽しみにしていたんだ。いや、気を悪くするな、冗談だ、冗談。だがまぁ、ホラ話を肴に酒を飲むまえに犬っころと遊びすぎると悪酔いしかねんしなぁ。リーゼの駄犬の躾はまた今度にするとしよう。さぁ、遠慮するな、お前達も喰え喰え」
ネロはそう言うと無遠慮にドカッと椅子に腰を下ろし、アタシの存在など始めから無かったかのように、勧められるのも待たずに、勝手気ままに食事を始めた。




