八百長
「ミカヅキちゃん自分から仲裁に行ったと思ったら、ヘソクリすった腹いせに八つ当たりするのが目的だったんだね。野蛮〜、狂暴~」
「私がすったわけじゃないでしょ!!それにちょっと懲らしめただけだから!!剣抜いて危なかったから!!あのままだと死人出てたから!!危険人物、犯罪者!!」
「すっごいグシャってたよね、あの人の手。号泣してたし。ワカナが治してあげたら高速でペコペコしながらすぐ逃げてったしさ。みっちゃんも有名人だ〜、いいな~」
ミカヅキが手をグシャっとしてしまったあと、ギルド内は騒然とした雰囲気に包まれた。
ミカヅキみたいな華奢なエルフが力で握り潰したとは普通考えないから、魔法を使ったんだと思ったんだろうな。そう考えると巻き添えを避けるため全員が一斉に壁際に散ったのもよく分かる。ちょっと避難訓練みたいで面白かった。
呆然とするミカヅキをみかねたオレとナナセはとりあえず騒ぎをおさめ、ワカナがヒールをかけたため事なきを得たが、あのままだとミカヅキが犯罪者扱いになった可能性もあったからな。過ぎたる力は身を滅ぼす。オレも改めて自戒しないとな。
「すまねえ、ちょっといいか?」
そう声をかけてきたのは先ほど絡まれていた男性だ。年齢はオレと同じくらいだろうか。若い顔立ちの一方で、年季の入った頭部が目を引く。
「さっきは礼を言えなかったが助かった。迷惑かけちまったな」
「別に、私が勝手にやっただけだから」
ミカヅキがプイッと横を向く。
いやいや、せっかくお礼を言いにきてくれたんだから、もう少し愛想良くしようよ!!
「ふふ、お礼を言われて照れてるんです。でも、ご無事で良かったです」
ミカヅキにかわりナナセがフォローする。
「どうして絡まれてたんですか?金返せとか、八百長とか、言ってたような」
サヤが素知らぬていで問いかける。
相手が答えたくないだろう事にも、バンバン突っ込んでいけるのはサヤの強みだな。明らかに揉め事にも首を突っ込むのを楽しんでいる感じだが…。
「ああ、アレか…。あんまり話してて気分のいい話じゃねえが、助けて貰っといて答えないのも男がすたるな」
男はそう言うと空いている席に腰を下ろす。
なんかこういう海外の人っぽい距離感というか、知らない人間とシームレスに会話を始める感じは、ゲームの中ならともかく実際に目の前でやられると気後れするな………妹達は全然気にしていないみたいだし、オレもこの世界観に慣れないといけない。陰キャはツラいぜ。
「俺はサイラス。ここじゃちょっと名の知れた戦車競争の御者だ。で、さっきの奴らは今日のレースで俺に賭けてたわけだな。まあ、俺はあいつらが誰かなんて知ったことじゃないが、職業柄ああやって絡まれることが多いのさ」
戦車競争の御者!?
まさかこんな所で憧れの存在と話すことが出来るとはな、異世界バンザイ!!
「絡まれてたってことは……負けちゃったんだ〜。ドンマイ!!」
ワカナの失礼な発言。
「負けちゃいないさ。ただ、ここじゃ勝っても負けることがあるんだ」
サイラスはそう言うと、グイッと木製のジョッキを傾け、波々と注がれたエールを一気に流し込んだ。
「勝っても負ける?不穏な発言ね。どういうことか聞いてもいいかしら」
「あんたら地元の人間じゃないな」
「それがなにか?」
「流れ者になら話しても構わないってことだ、どうせ酒の席の戯言だしな…。勝っても負けるってのはそのままの意味だ。八百長ってやつだな。もちろん俺がやったわけじゃない。仕掛けたのは主催者様さ。ここじゃ主催者の息がかかった奴に勝たせるため、時々こうやって難癖がつけられて敗者が作られるんだ。馬の腹帯が切れてる、戦車に積んでる錘が足りない、登録されてる馬と違う、難癖なんて幾らでもつけられるからな。今日も先頭でゴールしたオレがご覧の通り罵声を浴びせられる立場になったわけだ。レース中は獣人のバカ女にずっとハゲハゲ叫ばれるわで、最悪な1日だったぜ」
獣人?ハゲハゲ叫ぶ?
それってまさか…。
「へー、その獣人って、もしかしたらこんな顔してたんじゃない?」
アツコがナナセの顔を掴み、グイっと前に突き出す。
「…似てるな、そっくりだ。でも別人だ。俺をハゲハゲ言いやがった女はもっと下品で暴力的で、知性の欠片も無さそうな表情してたぜ。あんたの連れみたいに清楚で知的な感じじゃ…」
「おいハゲ、いま八百長って言ったか!?返答次第じゃサイドに残った側溝みたいな産毛も皮膚ごと引っぺがすぞ!!詳しく聞かせろや!!」
「………間違いない、この嬢ちゃんだ」
サイラスの言葉にオレは深々と頷いた。




