戦車の街
「しかし、この雑踏の中からナナセを探せって言われてもなぁ……」
オレは目の前の光景に思わずため息をつく。
競馬場を埋め尽くす人の群れ、群れ、群れ。どう見ても数千人というレベルではない。下手すれば数万人はいるぞ………この人混みから、いるかいないかも分からないナナセを探せというのは無理ゲーにもほどがある。
しかし、そうは言っても妹達が一生懸命探しているなか、兄であるオレ一人さぼるわけにもいかないな。同じ場所に留まっていても仕方ないし、とりあえず移動しながら考えるか。
目的もなく歩き出すと、大観衆が一斉に地鳴りのような歓声をあげる。どうやらレースが始まるようだ。
競馬かぁ。ギャンブルとしては現実世界で数回記念馬券を買ったことがある程度だが、中高の時に競走馬育成シミュレーションゲームにハマっていたこともあって、競馬の歴史とかの周辺情報にはそれなりに詳しいんだよな。
自らが保有する馬同士を1対1で競わせる原始的な形での競馬はそれこそ有史以前から存在していると言われているが、競馬場のような決められた空間でルールに基づき競争が行われるようになったのは、16世紀になってからの話だ。
つまり、このような競馬場があり観客がそれを観戦するスタイルが確立しているということは、逆説的にこの世界の文明レベルが現実世界の近世ヨーロッパに近い水準であることを示している。
もちろん魔法の存在など現実世界にない要素も山盛りなため単純な比較は出来ないが、それでもそうやって考察しながらこの世界の在り方を探っていくのは、歴史好きのオレにとって中々楽しい作業といえる。
うーん、とは言ってもどんなレースをしているか見ない事には文明レベルは判断がつかないな。
エロ垂れ目のところの騎兵は鞍や鐙を装着していたから、裸馬の首に縄をくくりつけて走らせるような粗野なレースをしているとは思えないが、現代のようにピッタリとした勝負服に身を包んだジョッキーがゴーグル姿でモンキー乗りをしているとも思えないしな………まぁ、それはそれで時間軸がごちゃ混ぜになってて面白くはあるが。
オレは好奇心に駆られ、人混みをかき分けレースが見える位置まで進む。
「これは…競馬………じゃないな。ひょっとして戦車競走か!?」
群衆の熱気にあてられたのか、思わず独り言が漏れる。
眼前には数十台の戦車………数頭の馬が御者の乗る馬車を引くいわゆる『チャリオット』が展開し、時に車輪を激しくぶつけ合いながら競っている。
戦車競走といえば古代オリンピックの華とも言われ、ローマ帝国でも盛んに行われ賭けの対象となっていたという、今では失われた競技だ。暴君としてその名を歴史に刻むローマ皇帝カリギュラも戦車競走を愛し、自らチームスポンサーになっていたともいう。豪奢な飾り付けられた戦車の勇壮さ、機能美はまさに古代のF1、走る宝石とさえ言えるだろう!!
戦車競走がこんな間近で見られるなんて………まさに映画『ベン・ハー』を思わせる大スペクタクルだな!!
賭けごとに興じる群衆の期待に耐えかねるようにきしむ車輪、陽光を浴び光り輝く馬車、一瞬の享楽に耽溺する観衆、そして貴賓席からその様子を見下ろす貴族!!子どもの頃から憧れていた古代ローマの世界観がそのまま異世界で味わえるなんて、最高じゃないか!!
レースが終わると投票券の代わりだと思われる木札が一斉に宙を舞い、歓喜の叫び声と呪詛の怒鳴り声が交差する。
最高にガラが悪く、最高に野蛮で、最高に面白い空間だ。
「よっっっしゃあ、取ったぁ!!!!!!!!どんなもんじゃあ!!!!!うっし、今日かっぱらった分まとめて全部ぶっこむぞオヤジ、最終レースは7番のハゲに金貨1000枚だ!!!!!!!!!!」




