対峙
周囲を照らす輝きが収まると、オレでも分かるレベルで2つの声と、それを追う幾つもの馬蹄の響きが感じられた。
テレポートは成功だ。
「兄様、先行します。」
アツコは身体が実体化するやいなや駆け出し、それにナナセ、ワカナ、ミカヅキ、サヤ、そしてオレの順番で続く。
「調子の良いこと言っておいて、なんでしんがりなの!!」
「反省します…。」
ミカヅキのツッコミはもっともだが、38歳、まともな運動経験は中学時代のマラソン大会まで遡る不健康優良児たるオレが前衛職のスピードについていけるはずもなく、後ろ姿を見失わないようにするだけで必死だ。
オレが懸命にアツコ達を追いかけていると、開けた場所に出た。
「兄様、来ます。」
二つの影が森の切れ目にかかり、目の前に飛び出した。
そこには…。
「………オーク!!??」
カッコつけるのも忘れ、思わず間抜けな声が出る。
いや、これは…どういうことだ!?
なんでオークがここに??
目の前には人型の肉体に豚のような顔がついた、二足歩行の低級モンスターであるオークが、この世の終わりかのような表情を浮かべ立ち尽くしている。
なんか悲壮な雰囲気だしてるけど、これって本当にオークだよな?
というかナナセ!!
これはもう女性っていうか、分類的にメスだろ!!
「ここにも人間!?もう終わりだわ…。」
二頭…いや二体…二人のオークは力尽きたかのようにその場にへたり込む。
次の瞬間、馬のいななきが止まり、いくつもの騎影が姿を現した。
「オーク…の他に人間の女?それもとんでもない美人ばっかじゃねえか。ああ、なんだ男もいるのか、邪魔だな。」
馬上の男達はオレ達とオークに交互に視線をやりながら、思い思いや言葉を口にする。
身なりこそ騎士然としているが、あまり柄が良さそうな人間とは思えない。
「馬上より失礼する。役儀より問うが貴公らは何者か。」
リーダー格と思われる男が口を開く。
鋭い眼光、落ち着いた声、歴戦の戦士を思わせる使い込まれた武具。他の有象無象の輩とは明らかに一段格が違う強さを持っていそうだ。
この世界でも相応の地位にいる強者だろう。
実力は分からないが、戦うのは避けた方が良さそうだ。
「えっと…我々は…」
「人に物を尋ねるのであれば、まず自ら名乗るべきではありませんか?そもそも我々の国では馬上より問いただすという礼儀はありませんが。」
オレがモゴモゴと喋り出そうとした瞬間、アツコがハッキリとした声色で問い返す。
その表情には一切の焦り怯えはない。
「これは失礼した、異国の方か。」
男はそう言うと下馬し、オレ達に向かって一礼し姿勢を正した。
「私の名はルーフェ・グルーク・ラングという。この地方を治めるグレンツァ・アウフシュテルン・インゼル侯爵の元で騎兵隊長を務めている。後ろは私の麾下の者達だ。」
「ではルーフェ殿、兄になり代わり私がお答えします。私はアツコ・グロースクスタ。我らが神の教えのもとに兄妹で世界各地を旅しております。俗な言い方をすれば冒険者ということになるでしょうか。」
「アツコ…変わった名をお持ちだ。しかし、美しい響きをもっている。アツコ殿、我々は近隣の領民の求めに応じ、凶悪なオークを討伐するため馬を駆り立てここへとやって来た。いま貴公らの後ろにいるオーク達のことだ。ここを通して貰えれば、貴公らに危害を加えるつもりも無ければ、余計な詮索をするつもりもない。安心して欲しい。」
ルーフェと名乗る男はこちら緊張をほぐすためか、不器用な笑みを浮かべた。
「ご丁寧な物言い感謝します。しかし、ここをお通しするわけにはいきません。」
アツコが落ち着いた口調で、けれどもハッキリと拒絶の意思を伝える。
「理由を尋ねてもよろしいか。」
男は努めて穏やかな口調で問う。
こういういつ敵対的な関係になるかわからない腹の探り合いはオレには荷が重いというか、横から見ているだけなのに胃の辺りがキリキリとしてくる。
「我らの信ずる神の教えにはこうあります『そこに救いを求める命あるならば助けよ』と。彼らは私達に救いを求めました。私達には神の名の下に彼らに庇護を与える責務があります。」
「貴方達の信仰する神の名を伺ってもよろしいか?」
「お答えすることは出来ません。みだりに神の名を唱えることは固く禁じられているゆえ。」
明確な拒否。
いまだ馬上にある幾人かの兵士が剣の柄に手をかける。




