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呪厄令嬢、求婚される

 

「イングリスト王子殿下、お誕生日おめでとうございます」


 これだけ言えればいい、とお父様にも言われている。

 目を閉じ、頭を下げたまま早くこの時間が終わるのを待つ。


「……顔を上げてくださいませんか?」

「っ」


 白い靴が近くに見えた。

 甘さを含む優しい声。

 恐る恐る顔を上げると、私と年の変わらなそうな青年が膝を折る。

 ギョッとした。

 白金髪に透明感のある青い輝き。

 澄んだ川のような青い瞳。

 声と同じく優しい眼差しと表情。

 一目でわかる。

 この人がこの国の王子、イングリスト様だ。

 直視できない。

 思わずまた俯いてしまった。

 き、綺麗な人すぎない?

 同じ人間?


「イングリスト・クレプディターと申します。お会いできて光栄です、エーテル・フローティア侯爵令嬢」

「……」

「無理強いする形で招待してしまったことは、謝罪いたします。本当に申し訳ありませんでした」

「……!? そ、そんなことは」


 顔を上げると、非常に申し訳なさそう。

 そんなことは、ない。

 ただ、私は——。


「そのような、謝罪は不要です。私とてこの国の貴族に籍を置く者。王の命があれば従います。ただ、私の呪いは本物です。周りの皆様に、どんな不幸が訪れるかまではわかりません」

「承知の上で——いや、その呪いを頼りに君を呼び出したと言ったら?」

「え?」


 どういう意味?

 驚く私の手を掴み、イングリスト様は立ち上がる。

 勢いのまま私も立ち上がり、本の中から出てきたような“王子様”を見上げた。


「どうですか?」


 そう、イングリスト様が聞いたのは側に控えていた魔術師だ。

 呪いがあれば祝福もあるこの世界には、魔術もある。

 使える者は、生まれつき魔力を持つ者だけだけれど。

 歳若そうなその魔術師は、私の手を掴むイングリスト様を見上げてぱあ、と嬉しそうに頷いた。


「おお、これは! 陛下の予想した通り、イングリスト様の祝福をエーテル様が阻害しております! これならばイングリスト様の祝福が周囲にもたらす影響を封じ込めることができるでしょう!」

「「おお……!」」


 陛下と、お妃様。

 そしてイングリスト様も瞳が輝いた。

 なに? なに? なに?

 な、なにが起きているの?


「やはり! あなたなら!」

「え? あ、あの、あの?」

「エーテル嬢、お願いがあります。どうか自分と、結婚してください!」

「え」


 私が入ってきた時と同じぐらいの、いえ、さっきよりも悲鳴が混じったどよめき。

 けれど、その喧騒が遠くで聞こえる。

 跪いた王子様。

 彼に手を掴まれ、見上げられる。

 なにが起きているの?

 私は魔女に呪われ、周囲の人々に不幸を振り撒く“呪厄令嬢”なのよ?


「え? あ、あの……」


 な、なんなの? なにが起こっているの?

 私は今、どういう状況——!?


「お、お待ちください! イングリスト様! その女は呪厄令嬢なのですよ!」

「ッ!」

「アンラージュ嬢」


 漆黒の長い髪をぐるぐる縦巻きにした、赤いドレスのご令嬢がヒールを鳴らしながら近づいてきた。

 誰だかわからないけど、ごもっとも。


「わたくしは王妃教育も受けております! そんなポッと出の呪厄令嬢を王太子妃にするなんて、納得いきませんわ!」

「アンラージュ嬢、自分はあなたと婚約するつもりはないと、再三申し上げたはずですが……」

「わたくしはオーフル侯爵家令嬢ですのよ!? 身分的に考えても、あなたの妻になるのはわたくししかいませんわ!」


 ヒェー! すごい自信……!

 婚約もしてないのに王妃教育を受けるなんて、向上心の塊ね。


「身分であればエーテル嬢もフローティア侯爵令嬢ですしね」

「は、はい。一応侯爵家の者ですが……あの、あちらのご令嬢の言う通りだと……」

「いえ、きちんと理由も説明させてください。自分はあなたでなければダメなのです」

「え、えぇ?」


 怖い。

 後ろで睨んでくるアンラージュ様という方の圧がすごい、怖い。

 しかも、私を睨んでくるのはアンラージュ様だけじゃない。

 ダンスホールに集まっているご令嬢たち、そのご両親、肉親の方々。

 皆さん殺意すら滲ませておられますが!?


「この場に集まっている、イングリストの婚約者になりえた令嬢と、その親族の者たちにも説明しておきたい」


 そう言って、なんと国王陛下が立ち上がった。

 王妃様は顔色が悪く、しんどそう。

 大丈夫かしら?

 私が近づくと悪化してしまいそうだから、近づかない方がいいわよね。

 ……うん、私が近づくと、不幸になってしまうもの……。

 だから——王子様も!


「我が息子、イングリストが女神から賜った祝福は『幸運』。だがしかし、その『幸運』は周囲の者から奪い取ってしまうものなのだ。一番側にいた我が妻スティーラと、ローズレッグはイングリストに幸運を吸い取られ、見ての通り衰弱が激しい。ローズレッグに至っては、起き上がることもできなくなってしまった」

「「「!?」」」


 なん……ですって……?

 思わず口を手で覆ってしまう。

 具合が悪そうだと思った王妃様は、イングリスト王子様の祝福の影響だったというの?

 というか、周りの者から幸運を吸い取るって、それは祝福なの!?

 まるで呪いじゃない!?


「我々は女神にイングリストの祝福を解いてほしいと懇願した。が、一度与えた祝福は解くことはできないと啓示を受けた。しかしこのままでは、イングリストの周りの者は誰も無事で済まない。それ故に、今宵、呪われし“呪厄令嬢”エーテル嬢を無理を言って招待したのだ。彼女の呪いならば、この祝福を相殺しえるのではないか、と——それが最後の希望であったのだ」


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