王都へ
「お嬢様~! お帰りなさいませ~!」
「おかえりなさいませ、お嬢様! さぁさぁ! お風呂の準備は完璧です! どうぞこちらへ」
「お帰りなさいませ!」
「た、ただいま。ミリィ、ノリガ、エマ」
手紙を受け取った三日後、迎えの馬車に乗り込み、三年ぶりの実家に帰ってきた。
家の中には入らず、門の前に待機していたメイドたちに連れられて、私が五年ほど生活していた庭の倉庫に向かう。
家を私の呪いから守るために、私は十歳からこの倉庫で暮らしていた。
あまり意味はなかったけれど……。
「お嬢様が出て行かれたあとも毎日掃除しておりますから、すぐにお使いいただけますよ!」
「まずはそのボロ布のような服をお脱ぎくださいませ!」
「もう、綺麗な銀髪がよれよれではありませんか。やはりお嬢様だけで生活させるのは心配です! 次はわたくしどももお連れください!」
「だ、ダメです! みんなを不幸にしたくありません!」
ミリィ、ノリガ、エマは三つ子の姉妹。
同じ顔なのだけれど、右の三つ編みがミリィ、左の三つ編みがノリガ、お団子頭がエマ、と見分けがつくよう髪型を変えてくれている。
三人ともなぜかわからないが、両親同様私にとても甘い。
周囲の人間を不幸にする私に仕えたところで、なんにもいいことなんてないと思うんだけどなぁ。
「それにしても王子殿下は見る目がございます! エーテル様をわざわざ招待するなんて!」
「ええ、ええ! 両親が馬車の事故で亡くなり、行く宛のなかったわたくしたちを見つけて拾ってくださったお嬢様の優しさを、王子様はご存じなんですわね!」
「きっと素晴らしい殿方ですわ!」
「……そ、そうでしょうか……?」
ボロ布と評されたワンピースを脱がされ、呪いで生傷の絶えない肌を丁寧にバスユニットの中に入れて洗ってくれる三人。
お手入れと傷の手当てをサボっていたことを叱られつつ、お薬を塗り、保湿液を塗ってくれた。
こんなにさっぱりしたのは三年ぶりかもしれない。
「あ、あの、そろそろ私、寝ます。三人は早く本宅に戻った方がいいです」
「呪いをご心配ですね? 大丈夫です。なにがあっても対処いたします。というか、してまいりました」
「え?」
ババーン、と三人が見せてくれたのは、あらゆる事態を想定したグッズの数々。
うっかり雷が落ちてきて屋根が壊れて頭上に降ってきてもいいように、日傘。
うっかり飛蝗の群れが発生してもいいように、殺虫剤。
うっかりキツツキが窓を突き破ってきてもいいように、薪。
うっかり釘にスカートを引っかけてもいいように、裁縫道具。
うっかり重いものを落とさないように、重いものは下、落としても怪我をしないものは上に置くようにした台車。
食器は割れない木皿で統一し、うっかりフォークがとんでも怪我をしないよう鋭くない加工がされている。
さらに食べ物は目の前で温められるよう鍋ごと!
「リリィ、ノリガ、エマ……私なんかのために、そこまで……!」
「もちろんこれだけではありません! 弟のジャンが建物が壊れた時用の工具も、お外に用意してあります!」
「明日、王都へ向かう馬車も、壊れたら即座に直るよう道具をお持ちします!」
「雨も降っていないのに水溜りがあっても、板を持っていきますから大丈夫ですよ!」
「た、頼もしいです……!」
私の振り撒く不幸に対して、対応策を講じてあるーーー!
さすが私のメイドたち。
本当に頼もしい。
これなら王都に行って、どんな惨めな思いをしても頑張れそう。
私、みんながいてくれたらきっと乗り越えれる。
「さぁ、髪にも香油を塗りました。明日になったらツヤツヤですよ!」
「明日は旦那様が作ってくださっていたドレスに袖を通しましょうね」
「こんな時のために作っておいたお嬢様のドレスなんですよ。きっとお綺麗ですわ!」
「は、はあ」
お父様、無理していないといいんだけど。
お母様には、お腹の子になにかあっては困るから、会っていかない。
寂しいし不安だけれど……ひとまず明日を乗り越えましょう。
「……明日もよろしくお願いしますね」
「「「お任せください!」」」
***
そして翌日。
お父様とリリィたち、二台の馬車で王都へと向かう。
なお、お父様は家から出てドレスを着た私を見てからずっと泣いている。
「お、お父様、そろそろ泣き止んでください。王都に着いてしまいますよ」
「うっうっ、エーテル、本当に立派になって。美しいよ、エーテル。オリーの若い頃にそっくりだよ!」
「あ、ありがとうございます……」
オリーとは私の母。
お父様はお母様と未だに新婚のような関係。
魔女に迫られるほどの美形のお父様は、平凡な母の性格と心に惚れ込んだらしくて今でも大好きみたい。
まあ、十八年越しで新たな命を授かるほどだもの……両親が仲良しなのは娘としても嬉しいし、別にいいんだけど。
そろそろ泣き止んでほしい。
「あまり泣くとお城に行く前に目が腫れてしまいますわ」
「そ、そうだな。だがこればっかりは……」
仕方ない、話を逸らしましょう。
「ところでお父様、王子殿下はなぜ私をご招待くださったのでしょうか」
「うむ。それは私にもわからん。ただ、今回誕生日なのは第二王子のイングリスト・クレプディター殿下だ。女神に祝福を授けられし者。長子、ローズレッグ様はずっと体調を崩されておられる。王太子にはイングリスト様が選ばれると、もっぱらの噂だ」
「まあ……」