女神と魔女
「え、あ、あの……」
隣まで来て、私にそう言うローズレッグ様。
さらに、私と目線を合わせるようにしゃがみ、頭を掴む。
わしゃわしゃと撫で回されて「無事でよかった」と告げる。
まさか……私なんかを追ってきていただけるなんて。
はっ! いえ、いえ! 勘違いしてはダメよ。
ローズレッグ様が案じておられるのは、弟君であるであるイングリスト様に決まっているでしょう!
“私”を案じてくださったなんて、思い上がったことを!
「しかし、無事に女神の御前に辿り着くとは見事! 解呪の玉については説明したのか?」
「は、はい。ですが……」
ちらりと見上げると、フリーデ様は相変わらず無表情で私を見下ろしている。
その様子は、一度フリーデ様と面会したことのあるローズレッグ様が見ても奇妙なものだったらしい。
「どうされたのだ……? フリーデ様」
「わかりません。事情を説明したら、固まってしまって……」
「ああ、ごめんなさい。解呪の玉だったわね? いいわよ」
二人で見上げると、ようやくフリーデ様は笑顔を取り戻す。
いったいどうしたのかしら、突然。
体調が悪いのだろうか?
もしもそうなら、体調がよくなるまで待たせてもらった方がいいかも?
しかし、私がここまで来るのに四日もかかっている。
これ以上イングリスト様をお待たせするわけにはいかない。
フリーデ様もその気になっているみたいだし、ここはお言葉に甘えて——。
「ただし、わたくしを倒したらね」
「え?」
「エーテル嬢!」
女神様が手を掲げた瞬間、雷が降ってくる。
魔術!?
ローズレッグ様が前へ出て、大剣で雷を切り裂いた。
さすがはローズレッグ様。
国の第一王子らしく、魔術剣を持っているんだ。
次々に降り注ぐ雷を次々薙ぎ払うローズレッグ様だけれど、「なぜ!」と叫んでいる。
やっぱり様子がおかしいのかな!?
「もう、ダメよ。ローズレッグ。これは解呪の玉を取りに来たエーテルへの最後の試練よ? 手助けするようなら解呪の玉は渡せないわ」
「それならば、我もまた解呪の玉を望む者なり! これが解呪の玉を得るのに必要な試練ならば、我が受けましょう!」
「ダメだって言ってるでしょ。そもそも、イングリストはわたくしのもの! あの子が産まれる前から、わたくしの夫にするつもりで『祝福』を与えたのよ。それを横から掻っ攫うなんて許せない!」
「なっ!? なにを言って……」
巨大な雷球が複数、女神フリーデの掲げた手のひらの上に浮き上がる。
あ、あんなのを喰らえばひとたまりも……!
『やれやれ』
「やっぱりね。こうなると思ったのよ」
「フォルテ……ナジェララ様!」
フォルテが雷球をすべて吸い込み、驚いていると蓋が開いてナジェララ様が現れた!
驚いたのは私だけではない。
ローズレッグ様も、女神フリーデも目を剥いた。
二人もまさかこの場に魔女ナジェララ様が現れるとは、思いも寄らなかったに違いない。
「女神フリーデ。アンタは最初からイングリストを、伴侶にしようと狙ってたわね。それこそイングリストが生まれる前から」
「ふふふ、そんなの当たり前じゃない。だってわたくしは女神なのよ! わたくしが愛するのに相応しい男は、そうそう現れない。だからこそ見つけたら全力で手に入れる。それでこそ愛を愛する女神!」
「フン! さすがは魔女と表裏一体。あたしよりも余程厄介なやつ! でもね、だからってエーテルを殺そうとするのなんて許さないわ。この娘には、あたしとの約束もあるんだから!」
ナジェララ様が杖を振るうと、氷塊が現れる。
フリーデ様が生み出した雷球と衝突して水蒸気に変わるけれど、私たちの方へは飛んでこなくなった。
すごい……これが本気のナジェララ様の魔法……!
「くぅ! ふっざけるな! イングリストはわたくしのモノよ!」
「お黙り、この色欲女神! せめて顔を合わせてから言いなさいよ! イングリストはまだアンタの顔すら知らないでしょ!」
それはそう。
思わず頷いてしまう私とローズレッグ様。
ナジェララ様のど正論に顔を真っ赤にしたフリーデ様は、雷球の魔術を落雷の魔術に変える。
さっき私とローズレッグ様に向けられた落雷とは、数が違う!
「ちぃ!」
「イングリストの“運命の相手”はわたくしなのよ! 生まれる前から決まっているの! それを横取りなんて許せない! あの子には人の世で生きられないほど強い祝福を与えたんだから、わたくしと生きるしかないの!」
「——!」
女神フリーデ様は、イングリスト様が生まれる前から、イングリスト様を伴侶にすると決めていた。
いつか人の世で生きられなくなるほど、強い……祝福。
周りの人の幸運を吸い取るほどの『幸運』。
あの方がその祝福にどれほど苦しんできたのか。
女神の祝福を受けて、それで孤独になるなんて……誰が想像するだろう。
それを仕組んでいたというの?
女神様が、自ら?
あの方を……イングリスト様を、人の世で生きられないようにするために?
「性悪色欲女神がっ!」
「お黙りって言ってるでしょ! 色欲に関してはアンタにだけは言われたくないわよ、色欲魔女!」





