私と魔女(2)
魔女は私に向かって杖を振り上げる。
ドレスが赤いエプロンワンピースに変わり、大きめのバスケットが落ちてきた。
「それを持っていきなさい。守りの呪いがかけられた服と、あたしの食糧庫と通じる魔法のバスケットを貸してあげるわ。いい? これはお前と王子があたしに会いに来るという対価を差し出す“約束”よ」
「はい! 必ず女神様の試練を成し遂げ、解呪の玉を持ち帰ります。ありがとうございます、魔女様」
「王子は城へ。お前は女神花の塔へ転送する。約束を破ったら、この国を滅ぼしてやるから」
「はい。必ずお伺いします。約束です」
イングリスト様の頭を膝から下ろし、ゆっくりと床に寝かせた。
立ち上がって魔女に駆け寄り、その手を取る。
驚いた表情のあと、すぐに顔を逸らされてしまう。
ああ、そうだ。
私、この人に会ったら一番最初に言いたいことがあったんだ。
「魔女ナジェララ様、私の父を好きになってくれてありがとうございました。私の母の命を救ってくださり、ありがとうございました。あなたが両親を助けてくれたから、私はこうしてこの世に生を受けることができたのです。あなたは、私たち家族の命の恩人。ずっとお礼を言いたかったんです」
「……っ」
光が私の体を包んでいく。
最後に見た魔女は、どこか泣きそうな表情をしていたように思う。
イングリスト様を治して、自分の呪いを解くための解呪の玉をもう一度取りに行って……そうしたら、今度はイングリスト様の祝福を弱めてもらうために、必ず会いに行きます。
イングリスト様の祝福の効果が弱まれば、私はもう用済みになると思うけれど……呪いが解けたら家に帰れる。
お父様とお母様と、お母様のお腹にいる私の弟か妹、リリィとノリガとエマ、他の使用人たち、みんなのいるあの家に。
帰ったら、今度は魔女ナジェララ様を家に呼んでお茶会をしよう。
お父様とお母様はずっとナジェララ様に謝りたがっていたから、きっと喜んで招待に賛成してくれるわ。
お茶会でたくさんお話しよう。
材料があればお菓子も作れるから、私が作ったお菓子をお出しして感想を聞いてみたい。
そうだ! もし嫌がられなければ、アンラージュ様も呼んでみよう。
私の知らない色々な話を、あのお二人なら知ってると思うからきっと楽しいお茶会になる。
ナジェララ様は美しいから、アンラージュ様と一緒に夜会に出たらすごくモテそう。
そうしたら、きっといい出会いにも恵まれると思うし。
「っ! ……あ……」
一瞬、目を閉じていても眩しい光に襲われた。
あたたかな気候と、花と草の香りが鼻腔を通り抜けていき、驚いて目を開ける。
一面、白とピンクの花。
これはフリーデの花だわ。
女神フリーデが女神になった時、ナジェララの花が変化して咲き誇った新たな女神の花。
その花畑に囲まれ、水色のレンガで造られた巨塔。
これが、女神花の塔。
「……夜だったはずなのに……あれ? でも、太陽は見当たらない」
試練を望む者が女神石に触れると誘われると言われている、女神花の塔の前に来ている?
これが魔女ナジェララ様の転送魔法。すごい。
「よし、行こう」
せっかくナジェララ様が送ってくれたのだもの。
早く行って早く帰ってこよう!
気合を入れ直し、観音開きの扉に触れる。
重い。でも、力いっぱい押すとギギギ、と砂を擦る音ともに扉が開く。
バスケットを持ち直し、一歩塔の中へ入ると無限に続く螺旋階段。
成人男性が数日かけて登る階段は、天空まで続いているという。
塔の最上階に女神フリーデ様がいる。
とにかく、登るしかない!
「……はあ、はあ……あう!」
私の呪いは消えていない。
何段目かに必ず足を踏み外しそうになる。
でも、ナジェララ様のくれた赤い靴が寸前で助けてくれた。
今はまだいいけれど、このまま登り続けて足を中心部へ踏み外したら……。
だめ、だめ! イングリスト様のために登るしかないのよ。
そう自分に言い聞かせながら、登り続ける。
けれど、登れど登れど、どれだけ登ったかわからない。
「はぁ……喉が……渇いた……」
地面がかなり遠くなったけれど、地面が見えるということはまだまだ先は長いということ。
それでも体力のない私は、階段に座り込んで一休み。
ふと、バスケットの存在を思い出す。
ナジェララ様の食糧庫に通じていると言われたけれど、勝手にいただいていいのかしら?
『水が飲みたいのかい?』
「わあ!」
バスケットがいきなり喋りかけてきた。
蓋をパクパクさせ、目がカッと開いてケタケタケタケタ笑い出す。
ふわりと勝手に浮かび上がり、一回転までして見せた。
『オイラは魔法のバスケット、フォルティシュモ! 魔女ナジェララの話し相手もしているんだぜ!』
「あ、あ……!」
『女神花の塔の試練はとにかく孤独だ。うら若き乙女が数日間、たった一人で登り続けるには無理が祟る。ナジェララにキミの話し相手になるよう仰せつかっているんだ! よろしくな。フォルテでいいよ!』
「あ……は、はい。よろしくお願いします……フォルテ、さん?」
確かに、色々寂しくなっていたところではある。
ナジェララ様には見抜かれていたのか。
でもまさかバスケットが喋り出すなんて、思わないよ……!





