呪厄令嬢
第16回書き出し祭りに提出した冒頭短編の連載版がここからスタートとなります。
他者様作品で『災厄令嬢』のタイトルがあったので書き出し祭りの時とタイトルを変更したりしています。
「やはり! あなたなら!」
「え? あ、あの、あの?」
「エーテル嬢、お願いがあります。どうか自分と、結婚してください!」
「え」
私が入ってきた時と同じぐらいの、いえ、さっきよりも悲鳴が混じったどよめき。
けれど、その喧騒が遠くで聞こえる。
跪いた王子様。
彼に手を掴まれ、見上げられる。
なにが起きているの?
私は魔女に呪われ、周囲の人々に不幸を振り撒く“呪厄令嬢”なのよ?
そう、私は魔女に呪われ、周りを不幸にしてしまう。
それなのに——なぜ私は今、この国の、女神に祝福された王子様に求婚されているの?
すべての始まりは昨日のこと……。
昨日の、あの呪われた夢から始まった。
「よくも、よくも裏切ったね! 薬を渡せばあたしのものになるって言ったじゃあないか! なにが一年待ってくれ、だ! 他の女と子どもを作るための時間だったなんてねぇ!」
魔女が叫ぶ。
黒い髪を振り乱し、赤児を抱く夫婦に怒り狂って指を差す。
——これは夢だ。
何度も何度も、“私”という“罪”を思い知らせるために、魔女が私に見せている。
「呪ってやる! その娘、呪ってやるよ! お前たちに災いを振り撒く、災厄の子となるように! あらゆる幸運を破壊して、寄せつけぬように! お前たちの子は生きているだけで人を不幸にする呪われた災の子だ!」
魔女はそう告げて消えていく。
夢の終わりだ。
暗い暗い、闇を抜けて光が差し込む。
「……はぁ……」
目覚めてすぐに溜息が出る。
今日も私は生きて起き上がってしまった。
つぎはぎだらけの布から出て、服を着替える。
ぼろ布を何枚も繋いだ、ワンピース。
歯の欠けた櫛でいつ洗ったのかも思い出せない白い髪を梳かし、後ろに一つに結い上げる。
くすんだ鏡に映るオレンジの瞳。
硬いベッドでよく眠れず、朝から晩まで働いて疲れの取れていないしなびた顔。
はあ、とまた溜息が出た。
本当に、パッとしない。
これで十八歳のうら若き乙女とは誰が信じるだろうか。
その上こう見えて私、エーテル・フローティアは侯爵家の令嬢だったりする。
鏡台に櫛を置いて、肩かけを羽織り、昨日の夜に作った豆のスープを温め直す。
薪、そろそろまた集めてこないと。
もう秋になるし、冬になる前に冬を越えられるぐらいの薪が必要。
でないと凍死してしまう。
「家の方は大丈夫かしら」
毛布の一枚でもあれば、もっとよく眠れるのに。
しかし、私は『呪厄令嬢』なので、家から送られてきた毛布は鳥のフンの大量強襲に遭い、とても使えたものではなくなった。
——『呪厄令嬢』。
なぜ私がそう呼ばれるのかといえば、今日見た夢が原因だ。
私の両親は政略結婚の婚約者であったが、婚約期間でお互いのことを大好きになった。
しかし、母が病に罹り、父は母の病を原因に婚約破棄されそうになってそれを回避すべくナジェララという『峠の魔女』と取引をしてしまったのだ。
病を治す薬と引き換えに、魔女の夫となる。
そんな約束をして母のもとへ帰り、薬を飲ませて病を癒した。
父と母すぐに結婚して、私を授かる。
けれど、魔女ナジェララは父が提示した期間を待てずに父を迎えにきた。
そして、母と私の存在を知ってしまったのだ。
魔女ナジェララは怒り狂い、生まれたばかりの私に呪いをかけた。
私の周りにいる人間を、不幸にしてしまう呪いを。
侯爵家だった父の家はみるみる衰退し、没落寸前。
十五歳になった私は家をこれ以上傾かせたくないからと、領地の端の、村も町も近くない山の中に一軒家を建ててもらい生活することにした。
掘建小屋のような小さな家。
一人で暮らすには十分な広さだけれど、侯爵家が建てた一人娘のための家にしてはお粗末すぎる。
これなら平民の家の方がまだいい家に住んでいるだろう。
けれど、私が離れて暮らすようになったおかげで、父の仕事は軌道に乗り、新しい投資先が大当たりしたと手紙が届いた。
送られてくる食べ物も増えたし、母が私の妹か弟をお腹に宿したとも。
家族が幸せなのなら、私も幸せだ。
たとえ送られてきた食べ物が、知らない間に獣に食べられていたとしても。
今日にもまた、父からの荷物と食べ物は送られてくるだろう。
カランカラン——と表のベルが鳴る。
ほら、思った通り。
「ご苦労様です」
ドアを開けて声をかけると、十メートルほど離れた道の上に荷馬車が荷台を下ろしていく。
御者は帽子を取り、私に頭を下げるとそそくさと去っていった。
それを見送ってから、私は大急ぎで坂を登る。
よし、今日は無事に荷物を全部受け取れたわ。
木箱のたくさん載った荷台を持ち上げて、慎重に坂を降りる。
何度も荷の重さに耐え切れず、荷台ごと荷物をダメにしているのだもの。
慎重に。慎重に。
「ふう」
ゆっくり、一時間かけて家の前まで荷台を持ってきた。
木箱は十四個。
持ち上げて、家の中へと運ぶ。
父に「木箱を小さくしてほしい」とお願いして正解ね。
「やったわ、初めて全部の荷物を傷つけずに家の中に入れられたわ」
快挙ではない?
すごい、私もやればできるものなのね!
「まずは手紙を読もうかな」
煮立ったスープを木皿に入れて、先に手早く食べてしまう。
手紙を読みながらだと確実にスープをこぼして読めなくするので、スープを先に食べるのは私の常識である。
父からの手紙を木箱から取り出して、封蝋を開く。
母の妊娠が順調であることと、数年ぶりに豊作になりそうという報告。
よかった。
離れて暮らしている甲斐があるわ。
そして、三枚目の手紙は父の文章がとても固くなった。
『秋の満月の夜にイングリスト・クレプディター第二王子殿下の、十八歳の誕生日パーティーが行われる。
王宮よりお前宛に招待状が届いた。
必ず出席するよう、国王陛下と王妃殿下からは御璽入りの手紙もいただいている。
残念だが、断るわけにはいかない』
「なん……」
私も読み終えてから手紙を床に落としてしまった。
どのくらい放心していただろう?
慌てて手紙を拾い上げ、三枚目の手紙を読み返す。
何度読み返しても、内容は同じ。
「パ、パーティーって……」
周りを不幸にしてしまう呪い持ちの私は、当然のことながら社交界デビューなどしていない。
貴族学園にも通っておらず、父が王宮に事情を説明して貴族籍は持っているけれど……貴族令嬢らしい教育などほとんど受けてはいないのだ。
そんな私が、王子様の誕生日パーティーに招待されている?
それに、国王様と王妃様までお口添えを?
な、なぜ?
なぜ!? 本当になぜ!?
まったく理由がわからない!
「…………、…………、…………っはぁ……。逃げられないのなら行くしかない」
一人百面相していても仕方ない。
呼び出されたのは他ならぬ私。
事情を知って、なお呼び出したというのならなにか理由があるのでしょう。
行きたくないけど、断れば父と母、私の首が物理的に飛ぶ。
「でも本当になんで?」