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呪厄令嬢は幸運王子の【お守り】です!〜外堀陥没で溺愛ルートのできあがり〜  作者: 古森きり@書き下ろし『もふもふ第五王子』


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名前

 

「そっ!」


 そんなことは!

 大声で否定しそうになって、口を噤む。

 しゅ、淑女たるもの、大声を出すなんてはしたない。

 イングリスト殿下にはしたないと思われたくない。

 むぎゅっと塞いだ口。

 滑るように私の銀の髪を一房手に取るイングリスト殿下は、あろうことかその髪に突然口づけた。

 塞いだはずの口が、あんぐりと開く。

 声にならない声が漏れて、自然に体がプルプル震えてしまう。


「……エーテル嬢、もし、よろしければ——自分のことはイングリストと呼んでいただけませんか? その、もしくは愛称のイート、と」

「へぁ!?」

「その代わり、自分もあなたのことを——エーテル、と……呼んでもいいでしょうか……?」

「!? !? !?」


 な、なにが起こっているの?

 イングリスト殿下を、呼び捨て?

 それはさすがに不敬!

 あ、敬称を“様”にすればいいということ?

 でも、愛称をお許しくださるともおっしゃっている。

 私に? 私が?

 え? 待って? イングリスト殿下を私が愛称で、呼ぶ? イングリスト殿下が私にそれをお許しに?


「まだ早いでしょうか?」

「ふぁ!?」

「あなたに呼んでいただきたいです。そのくらいは、仲良くなれたのではと、勝手に思っていたのですが……もしかして、まだそこまでの仲ではないでしょうか?」

「え! いえ! あ、あの!」


 しゅん、と眉尻と肩を下げてしまう殿下。

 うるうるとした瞳が、いえ、相変わらずイングリスト殿下のすべてが! ま、眩しいぃ!

 それに、そんなふうにしょんぼりとされると、私、なんでも叶えて差し上げたくなる。

 でも今の話題は私がイングリスト殿下を名前、または愛称で呼ぶ、というもの。

 よ、呼んでもいいと?

 私のことなど名前で呼んでいただくのは、一切構わないのだけれど……。


「……っ、……うっ……で、では……あの……イ、イングリスト、様……」

「呼び捨てでも構いませんよ」

「それは、む、むりです!」

「わかりました。では、あの」

「は、はい。あの、わ、私のことは、呼び捨てで……」

「ありがとうございます、エーテル」

「——っ」


 星が、落ちてきた?

 夜空にあるはずのキラキラ輝く星々が、イングリスト殿下——イングリスト様の周りに、私の目の前に、たくさんたくさん。

 そんなはずないのに、でも目を開けていられないほど眩しいの。

 星と同じく、太陽も落ちてきた?

 顔も、体も、全部熱い。

 耳が溶けたみたい。

 耳の奥も頭の奥も、痺れて、汗がぶわりと出てきて、足から力が抜ける。

 ……イングリスト様の祝福の力なのだろうか?

 でも、イングリスト様の祝福は、周りの者の幸運まで奪うと聞く。

 じゃあ、私のこの胸の高鳴りと全身が痺れる幸せは、イングリスト様の祝福ではないの?


「ではレッスンを再開しましょう」

「はい。行きましょう、エーテル」

「っ、ぁ、は、はぃ……」


 恥ずかしい。

 幸せ。嬉しい。怖い。どうすればいいのかわからない。

 私はどうしてしまったのだろう。

 イングリスト様に出会ってから、私はずっと、なにかがおかしい。




 ***




 がたんごとん、と馬車に揺られてやって来たのは小宮殿。

 ピーナシア侯爵家が貸し切って夜会が行われている。

 私はイングリスト様に贈っていただいた、パステルオレンジのエーラインドレスを纏い、目の前にはオレンジ色の混じった栗色の礼服を纏ったイングリスト様。

 イングリスト様、なにを着てもどんな色でもお似合い。

 ゆっくり落ちていく夕焼けが馬車の窓から差し込み、それが横顔を染めている。

 その色すら、イングリスト様を美しく彩っているのだ。

 もはや、世界のすべてがこのお方を祝福しているのでは、と思う。

 でも、それも当然かもしれない。

 女神にこれほどの祝福を与えられているのだもの……私がどうしてこの素晴らしい人の隣に立つのか、意味がわからないわ。

 けれど、私にはこの方の隣にいる理由がある。

 強すぎる祝福を、呪いの力で相殺するという。

 陛下もスティーラ様もローズレッグ様にも、それを望まれた。

 私がこの方の隣にいることを、この方自身にも……。

 奇跡みたい。

 私、毎日奇跡の中に生きているのだ。


「はぁ……」

「イングリスト様……大丈夫ですか?」

「ああ、すみません。夜会が憂鬱なのもそうなのですが」


 憂鬱って言ってしまってます、イングリスト様。


「父上と兄上に、今のうちに女神の試練を受けておけばいいのではないか、と言われたんです。若く体力のあるうちに、王位を継ぐ前に行っておけと……」

「あ……王族は王位継承権関係なく行くのが決まりなんですっけ」

「そうなんです。自分は王太子になったので、絶対に行かなければいけないんです。先延ばしにして、さらなる厄介ごとが転がり出る前に、安定している今が好機だろうと。しかし、そうなりますと……エーテルを城に一人にしてしまいます。さすがに女神の試練にあなたを連れて行くことはできません」


 それはそうだろう。

 男性でも死ぬことのある試練だ。

 イングリスト様もしっかりと準備してから行くとは思うけれど……決して楽に乗り越えられるものではない。

 それでも次期国王として、行かねばならないのだ。

 今離れるのは不安。

 けれど、どちらにしてもいつか行かなければならない。

 それなら確かに今がいいのかもしれないわ。


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