ダンスレッスン
それもまた、次期王太子妃として必要なことだと思う。
いつまでも妃教育を始めたばかりだから、とか淑女教育を受けてこなかったから、とかを理由に逃げ回ってるわけにはいかない。
アンラージュ様にも、そこはしっかり釘を刺されてしまっているし。
「けれど、毎日妃教育ばかりでは息が詰まるのではありませんか? 一日くらい、お休みしてもいいのでは……」
「いいえ、学ぶことは今までできなかったので楽しいです。それに、私は出来がいい方ではないので、人一倍頑張らなければ。それでなくとも他のご令嬢より遅れているのですから」
「そう、ですか? でも、休みたくなったら本当に言ってくださいね」
「は、はい。お気遣いありがとうございます……イングリスト殿下」
優しい、イングリスト殿下。
この方の声を聞いていると、胸があたたかくなる。
壁の向こう側にいるからお顔は見れないけど、それでよかった。
あの美しいお姿を見たら、私はまた、おかしな感じになってしまうもの。
「それではお嬢様、ダンスのレッスン頑張ってくださいませね!」
「はい、頑張ります! ……? 三人とも、どうしてニコニコしているんですか?」
「「「まあまあ」」」
私の侍女たちが、やたらとニコニコしていた理由は食後、ダンスのレッスンホールにやって来てからよーーーく理解した。
差し出されたイングリスト殿下の大きな手のひら。
少し顔と視線をあげれば、イングリスト殿下の優しい笑顔と眼差し。
振り返って助けを求めるも、リリィたちもダンスの先生もにこやかに私へ手を振っている。
おかしい。
同じ部屋の中にいるのに、私とリリィたちの間に巨大で深い溝が見える!
ああああぁ!
そんな! 確かに私のダンスレッスンには、イングリスト殿下も同行していただくことにはなっていたけれど!
まさかイングリスト殿下ご自身にダンスを教わることになるなんてー!
「エーテル嬢」
「は、っう、は、はい」
ダメ、外堀が埋没していて逃げられそうにない!
腹を括るしかないのだ。
目をきつく閉じて、イングリスト殿下の手の上に手を重ねる。
か、顔から火が出そうー!
「では曲を聴きながら、まずはステップを大まかに説明しますね」
「は、はい」
レッスンの先生が、遠くから手を叩きながら足の動きから教えてくださる。
イングリスト殿下の手が腰に回され、私はその腕に手を添えなければならない。
顔がずっと燃えてるみたいなんだけど、私の顔は無事だろうか?
「っ」
「あ! す、すみません! イングリスト殿下っ!」
や、やってしまったー!
踏んでしまった、足を!
イングリスト殿下の白い靴にうっすらと私の靴跡がっ!
「このくらいは当たり前です。初めてなのですから」
「でも!」
「夜会まで時間がないので、頑張りましょう」
「っ……でも、イングリスト殿下が、け、怪我をされたら、夜会にも行けません……!」
「エーテル嬢は軽いから大丈夫です」
いやいやいやいや!
やっぱりきちんと手当してもらうべき!
「リリィ、ノリガ、エマ! 私、イングリスト殿下の足を踏んでしまったんです!」
「まあ! 大変!」
「軟膏とガーゼと包帯はこちらです!」
「こんなこともあろうかと、冷水もご用意してございます」
「ええっ!?」
さすがうちの侍女たち。
私が引き起こすあらゆる厄災に対応してきた、対応能力!
イングリスト殿下の手を腰から引き剥がし、手を引いて三人のところへ引っ張る。
「きちんと手当をしましょうっ。踏んでしまって、本当に申し訳ございません」
「本当に気にしなくていいのですが——エーテル嬢が気になるのでしたら、お言葉に甘えます」
「! はいっ」
ふっ、とイングリスト殿下の眼差しにまたなんとも言えない優しさが滲む。
その眼差しに、かーーーっとまた顔の熱が上がってきた。
どうして。
どうして?
ただ見下ろされただけなのに、私、イングリスト殿下に見られてるだけで、変。
あ、でも最近手を重ねるのには、慣れてきた気がする。
「それにしてもエーテル嬢の侍女たちは本当に優秀ですね。普通、応急手当ての道具など持ち歩きませんよ?」
「あ、そ、それはそのー、えーと」
「すべてはお嬢様の呪いに対応してのことでございますわ!」
「ええ、呪いでなにが起こるかわかりませんから、ありとあらゆることに対応できるよう様々な準備を欠かさないのです!」
「小さい怪我など日常茶飯事! 手当道具は必需品でございますわ!」
「ええ! 我ら三姉妹及び弟は、エーテルお嬢様のため!」
「魔女の呪いなどに屈することは!」
「ございません!」
「「「…………」」」
さ、三人とも、そのポーズは、する必要が、あるのだろうか!?
ダンスの先生とイングリスト殿下もポカーンとなさってるじゃないの。
なんだか急に……私が恥ずかしくなってきたんですけど!
「ふ、くふっ、ふふふっ! な、なるほど! エーテル嬢の侍女たちが頼もしいのは、あなたのおかげなんですね」
「え! いや、わ、私はなにもしてません! リリィたちが優秀なのは、リリィたち自身の努力の賜物だと思います!」
「ああ、それもありそうですが——彼女たちがそう努力しようと思うほど、主人であるあなたが素敵な人だからですよ」





