ローズレッグ殿下とイングリスト殿下(2)
思わず後ろに控えていたアンラージュ様を振り返る。
なんと……あのアンラージュ様が虚無の笑顔。
な、なるほど……半裸で剣を振っておられたり、こう、なんというか、や、野生み?があるので、普通のご令嬢は反応に困るのかもしれないわね。
「そんなわけで、我は王位にも結婚にも興味がなくてな! わははははは! イングリスト、やはりお前の方が王に向いているだろう! それならばこのままお前が王となればいい! がははははは!」
割と笑いごとではないのでは。
……でも、ローズレッグ殿下は嘘をついているように見えない。
じっと笑いながらイングリスト殿下の答えを待っている。
イングリスト殿下も、それをわかっているのだろう。
「……兄上は、自分を……」
「なんだ? まさか我がお前を恨んでいるのでは、などと言うつもりか? 手紙でも人伝にも、我は何度も『恨んでいない』と伝えてきただろう? お前は真面目だから、我は諄いぐらいに伝えたのだぞ? それでもまだ、信じられぬか?」
「いえ! その……疑っているわけでは、ないのですが——」
直接本人の口から聞かなければ、安心できないのだ。
わかる。
私も、お父様とお母様、リリィたちに、直接言葉で伝えられているのに——それでも、不安だもの。
離れていたのなら、なおさら不安だと思う。
「ローズレッグ殿下……あの、よろしいでしょうか……?」
「む? なんだ?」
「お言葉を、どうぞ、イングリスト殿下に……。わ、私にもわかります。家族と、離れて暮らしていたので。手紙で優しい言葉をかけてもらっても、無理をしているのではないかと、不安になるのです。疑っているわけではないのです! ……いえ、疑っているのかもしれません。でも、その……お言葉を、直接かけてもらわねば、不安が拭えぬものなのです。嘘でも……ほしい、と思ってしまうんです」
家族の優しさを、たとえ偽りでもいいからと。
もちろん、私の両親も屋敷の使用人も、みんな本心で私のことを案じてくれている。
それがわかる。
目と、声と、表情。
その他すべてで、お父様とお母様、屋敷のみんなは伝えてくれる。
「“愛している”って」
そう、伝えてくれるのだ。
だから私も信じられる。
きっとイングリスト様が、今ほしいのは私がいつももらっているものだ。
だからどうか、どうか——。
「……そうか。確かに、離れて顔も合わせなくなって久しい。不安か」
「あ……兄上……あの、いえ、ですが」
「いや、いい。……なんと、この王宮でこれほど澄んだ、真っ直ぐで慈しみに溢れた言葉と眼差しを見聞きすることになるとは。……ああ、イングリストよ。お前の成したいことは正しい!」
バシッと膝を叩くローズレッグ様。
そしていきなり立ち上がると、イングリスト様の肩を叩き……あ、いえ、腰を抱えて持ち上げて、テラスまで連れて行って肩に腕を回して色々話しておられる。
「……エーテル嬢」
「は、はいっ」
王妃様が紅茶を一口飲んでから、ソーサーにカップを置く。
す、すごい、全然音が聞こえなかった。
これが淑女の最高峰、王妃様!
「いえ、今日からエーテルさんとお呼びしてもいいかしら?」
「え? は、はい」
「よかった。わたくしのこともスティーラと呼んでちょうだい?」
「え! え……で、ですが」
「お願い」
な、なぜ?
なぜ突然王妃様をお名前で?
恐る恐るアンラージュ様を見ると、アンラージュ様は一瞬固まる。
けれど、すぐこくん、と頷いて見せた。
な、なるほど。
「……わ、わかりました。僭越ながら……」
「うふふ。ありがとう、エーテルさん」
——あとからアンラージュ様に聞いたところによると、王妃様……というか義母となる方を、嫁入りする者が名前で呼ぶことを許されるのは、『娘と認める』という意味があるそうです。
もちろん、「他国ではわかりませんけれど、我が国では伝統的ですわよ」とのこと。
つまり……あの時、王妃様は私を“娘”として……“イングリスト殿下の妻”として認めてくださったということらしい。
そして——
「あなたのような神聖な心を持つ聖女が側にいれば、我が国の次期国王となる弟は大丈夫だろう。どうか今後とも我が弟イングリストを、何卒何卒よろしくお頼み申し上げる」
「え!」
別れ際、ローズレッグ殿下にそれはもう丁寧に丁寧に頭を下げられた。
あまりのことに固まったのは仕方ないと思う。
必死に「頭を上げてください〜!」とお願いしたけれど、私が「わかりました」というまで頭を上げてはもらえなかった。
というか、ローズレッグ殿下は私をなんだと思っているのだろうか。
「ローズレッグ殿下が変なことを言うから、王妃様……スティーラ様が私を『聖女の呼び方を広めましょうか』なんて言い出したのよ。……私は呪い持ちの呪厄令嬢なのに」
「いやぁ! さすが我が国の王族の皆様! 見る目がありますね!」
「本当ですわ! 王妃様も第一王子殿下も、お嬢様の本質を見抜いておられる!」
「この調子で結婚まで一直線ですね!」
「も、もう! ミリィ、ノリガ、エマ! 私本当に困ってるのに!」
イングリスト殿下のおかげで私の呪いが停止しているだけで、私の呪いは解けたわけではない。
それを、忘れてはいけないのだ、私は。





