小さな約束
そうして瞬く間に三ヶ月がすぎた。
季節は雪のちらほらと降る冬となり、今年の王妃様のお茶会は、これが最後となるだろう。
私の教育は休みなく続けられており、マーチア夫人には「そろそろ王妃教育も始めてよろしいでしょう」と令嬢としての及第点をいただいた。
とはいえ、本当に最低限。
もっと頑張らなければ。
ひとまず、今日のお茶会ね。
「エーテル嬢、用意はできたかな?」
「は、はひっ!」
隣の部屋からイングリスト殿下の声がする。
つかず離れずが義務づけられた私は、ここ三ヶ月イングリスト殿下の隣の部屋で寝起きをしている。
もちろん、隣の部屋との扉にはうちの三人の侍女たちが椅子やテーブルでバリケードを作っているけれど。
毎朝必ず「おはようございます」と声をかけてくださり、毎晩必ず「おやすみなさい」と言ってくださる。
姿は見えないけれど、イングリスト殿下の優しい声で一日の始まりと終わりを感じられるのは、なんというか、こう、こそばゆい。
「もしかしたら、自分の婚約者候補だった令嬢たちから辛く当たられるかもしれません。ですが、どうか乗り越えてはいただけないでしょうか……あなたには酷なことばかり強要してしまいますが……」
「い、いいえ! だ、大丈夫ですっ。あの……はい……殿下の婚約者、に、なって、私……この三ヶ月とても、ええと、貴重な経験をさせていただきました、し」
これは本当。
諦めていた侯爵令嬢らしい教育を受けられた。
実家にも多額の褒賞金が贈られたと言う。
弟か妹が産まれるのだからとてもありがたい。
父も新しく事業が始められたと言うので、きっと初期投資資金は多くあるに越したことはないはず。
「……あの、はい……これからも、私……頑張りたい、です。教わるのは、楽しいですし……」
たくさんの人に囲まれて、色々な人と話ができる。
今までの生活からは考えられない。
だからこそ、気疲れもするし正解がわからないのだけれど。
「あの、イングリスト殿下は……どう、ですか」
私だけが幸せだったらどうしよう。
人に囲まれて過ごすという、私が自分の人生で諦めていた生活。
大変だけど、心躍る日々。
あなたはどうですか?
あなたも私と同じく、人を傷つけることに怯えて独りを選んでいたと聞いた。
あなたは——。
「自分の人生も、充実しています。あなたに大変な思いをさせているのに、誰かがいつも側にいてくれるのは……不安でもあり——けれどあなたが自分の大切な人たちを守ってくださると思えば安堵感もありますし……本当に、あなたには感謝してもし足りない」
「そ、そんなこと」
「エーテル嬢、自分はもっとあなたを大切にしたい。もっとあなたを幸せにしたいんです。もしなにか、自分にできることがあれば、教えてくださいね」
「う、あ……」
十分、幸せだと思う。
こうして、壁一枚隔てて、毎朝毎晩声をかけてくださる。
本当に。本当に!
「自分はあなたを無理矢理婚約者にしたので、あなたがもしも他に好いた相手がいたら、もちろん身を引きます。でも、自分のことを想ってほしいと思ってしまう。しかし、それはあまりにも自分の我儘すぎる。あなたを幸せにしたいと言いながら、自分を好いてほしいなんて」
「っ」
「どうすればいいのかわからないのです。……だから、教えてくださいね。エーテル嬢、あなたの望みを」
そんなふうに思っていたんだ。
私は本当に、これ以上の望みなんてないのに。
どうやって伝えたらいいのだろう。
横にいるリリィとノリガとエマを見る。
にこ、と微笑まれて「今度ほしいものを考えてみます、と」と、耳打ちされた。
な、なるほど!
「あ、あの、では、その、今度、ほしいものを、考えて、お伝えしま、す」
「はい! ぜひ!」
それがイングリスト殿下の罪悪感を下げるために必要なのなら……頑張って考えてみよう。
でも、ほしいもの……ほしいもの……んんんんん。
「では、そろそろ庭へ向かいましょう。今お迎えに行きますね」
「は、はい」
少し足音が遠のき、ガチャと隣の部屋の扉が開いて閉まる音。
すぐに私の部屋の扉がコンコンとノックされた。
ドキドキしながら、エマが扉を開く。
「! ……今日もとても美しいです、エーテル嬢」
「あ、あ、あ、ありがとうございます」
貴族男性は、パートナーと出会った時にまず褒めるのが礼儀。
そう教わっているのに、殿下に褒められるとどうしても身構えてしまう。
私はこれからイングリスト殿下にエスコートされ、城の広大な庭——お茶会会場へと向かう。
マーチア夫人にも、イングリスト殿下との触れ合いには慣れなさいと言われているのに……ダメ! やっぱり恥ずかしいっ!
歩くだけでプルプル震えてしまう。
「!」
庭へと出る。
赤い布が大きな傘で覆われて、雪除けがなされている。
たくさんのテーブルと豪華なお菓子と軽食。
そして、多くの、人。
その視線が、一斉に私とイングリスト殿下へと向けられる。
でも、その視線は畏怖。
きっと前回の誕生日パーティーで私の“呪い”とイングリスト殿下の祝福による弊害が知れ渡ったためだろう。
「参りましょう」
「は、はい」
階段を降りる。
さあ、私、頑張るのよ。
殿下の隣に立つのに相応しい令嬢だと、皆さんに納得してもらえるように!





