忘れなきゃ
軽ーくお付き合いを...
「...やれやれ」
携帯に入った一通のメール。
ラインのグループに入ってない俺だから連絡方法としてこれを選ぶのは分かるけど。
余りに素っ気ない内容にタメ息が出る。
「行くの?」
メールを覗きながら由美花が聞いた。
「行かなきゃ、うるさいからな」
「そう」
寂しそう、いや呆れてるのか。
由美花は余り感情を表に出すタイプじゃない。
「まあ...そんときゃ頼むわ」
「分かった、バカが壊したら行くね」
俺が何を頼むか分かっている、彼女に説明はいらない。
小学1年から12年の付き合いだからな。
こいつらからされた過去のいざこざも全部知っている。
携帯を由美花に預け、教室を出た俺は指定された視聴覚室の扉を開けた。
「遅い」
中に居た女は苛だちを隠そうともせず俺を睨み付けた。
「時間どおりだろ」
馬鹿らしい、いきなり人を呼びつけてこの態度。
こいつが幼馴染みじゃなかったら俺は黙って部屋を出ていただろう。
「それでも私を待たせるなんて、随分と偉くなったわね」
挑発のつもりか?
一体何に苛立っているんだ?
益々この場に居るのが馬鹿らしくなってきた。
「...なによ」
呆れる俺に女が聞く。
そういえば名前何だったかな?
もうコイツには興味もない。
幼少期から一緒に過ごした記憶を全てクソに変えたコイツにはもう良い感情を抱く事は無いだろう。
由美花のお陰で殆ど忘れる事が出来たんだ。
何をしたのか分からないけど。
「べつに」
女から視線を逸らす。
顔を見るのも煩わしい。
「まあ良いわ、本題に入るわね」
「早く終わらせてくれ」
「和貴、私と付き合いなさい」
「付き合う?」
名前を呼ばれた不快感、そして次に出た言葉。
予想はしていたが、いざ耳にすると...
「ええ、私の彼氏になれるの、有難いでしょ」
有難いどころか迷惑でしかない。
即答で断りたい所だが、我慢だ。
せいぜい喋って貰わないと。
「なぜ?俺とは一度付き合って別れてるだろ」
口にするだけで吐き気がする。
「ん?ああ、そうだったわね。
色々とすれ違いがあったから」
「すれ違いか...」
空々しい言葉だ。
「返事は?」
「はい...そう言うと思うか?」
そんな言葉を予想してないくせに。
「...まあ和貴には少し悪い事したとは思ってるけど」
「クズと付き合いながら俺に告白して2年間も笑いの種にしたのを少しというのか?」
「それは」
怯んだ様子を見せるが、騙されるか。
物陰が僅かに揺れたのは知ってるぞ、相変わらず堪え性の無い奴だ。
「俺のプレゼントを売り飛ばしてクズと楽しんだり、受験勉強まで協力させてくれたな。
本当に良いカモだったろ?」
もっと色々された気がするが思い出せん。
「ごめんなさい!!」
女が俺に抱きついた。
これも予想通りだ。
「離せ」
「いや!」
強引に振りほどきたい、怖気が止まらない。
しかし耐えろ、頑張れ俺!
「私気がついたの、克敏より和貴...いいえ和君を愛してたって事に」
「ウップ」
こみ上げる嘔吐感。
もう限界だ...
口を押さえ女を押し退ける。
流石にゲロをぶちまけるのは嫌だ。
部屋が臭くなる、俺も汚れるし。
「ねえ、私を見て」
「何のまねだ?」
女は制服のボタンを外す。
止めてくれ、今日から寝られなくなる。
もちろん悪夢に。
「そんな身体を見ても何も思わないぞ」
「それじゃなんで目を逸らさないの!」
「犬のうんちや道のゲロも避けないと大変な事になるだろ!」
「はあ?」
しまった、つい言っちゃた!
もう良いや。
「ひ、酷い...」
泣き真似?
いや本当に泣いてるのかな?
「貴様!!」
おっと、忘れてた。
物陰から飛び出したのは矢間克敏、女の恋人...いやコイツらにとってはセフレか。
「和貴のクセによ!」
その言葉って何の意味があるんだ?
「つぐみ、コイツの携帯は?」
「ち、ちゃんと盗ったよ」
「つぐみ?」
誰だっけ?あ、女の名前だ。
忘れようとしたら本当に忘れるもんだな。
由美花、本当に何をしたか分からないが、ありがとう。
「へ、やっぱり録音してやがったか」
克敏は俺の携帯をつぐみから受け取るとゲスな笑みを浮かべた。
「おーい返せー」
あれ?
俺の言葉が棒読みだ。
なんでだろ?
「そうはいくかよ!」
俺の携帯を床に叩きつける克敏。
あーあ壊れちゃった。
ジャンク品だけど綺麗だったのに。
「お前の様子は撮影させて貰ったぞ!」
「何のことだー」
駄目だ、感情がこもらない。
由美花と打ち合わせしたのに。
「お前はつぐみを襲ったんだ!
腹のガキはお前の子だ!」
「つ、ぐ、み、の子?」
あれ舌まで縺れて来たぞ?
「そうだ、今撮影したのを編集してバラ蒔かれたく無かったらお前がつぐみの堕胎費用を出せ!
そしてつぐみの親に言うんだ、俺がつぐみを妊娠させたと」
ご説明ありがとう。
「できるかー」
真剣な場面なのに...
「へっ!恐怖で馬鹿になったか?」
「ごめんね、和貴...いいえ、お馬鹿な、カ・ス.君」
...女は笑いながら克敏の腰に腕を絡ませる。
良かった、服を着てくれたんだ。
「はい、御仕舞い」
視聴覚室の扉が開き、由美花が入って来た。
「馬鹿な、鍵をしてたのに」
「由美花どうして....」
「先生に鍵を借りてきたの」
「へ?」
「因みに隠しカメラもセットしてます」
「嘘!?」
「まさか?」
「更にネットで絶賛配信中」
「何だと!」
「あ....」
由美花の言葉に克敏は逃げ出し、女は気を失った。
「帰ろっか」
「ああ」
本当に馬鹿だな。
配信なんかするかよ、俺の姿まで晒されるじゃないか。
でも録画はしたから、学校に報告だな。
「女はどうする?」
白目で気絶してる。
気持ち悪い。
「ほっときましょ、ところで」
「何だ?」
「コイツの名前は?」
由美花が女を指差した。
「あー、つ...つぐ...」
「はい、終了。
今から家に来て、辛い記憶は忘れなきゃね」
由美花の笑顔に何故か冷たい物を感じる俺だった。
おしまい。