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第39話 リンと獣を超え、人を超え、神をも超える者 中編

「我らがご主人様に仇なすものよ。今までの狼藉の数々……許しがたし。我らが怒りの炎で断罪してくれる。覚悟するがいい!」



コタロウが剣を高く掲げると、その刃に突如として紅蓮の炎が吹き出した。それは彼の怒りを具現化したように、熱く激しく燃え上がっていた。


 炎の揺らめく切先を向けられたカオスドラゴンゾンビは、恐怖に慄き、ジリジリと無意識に後ずさる。


 リンとハルカは、ほぼ三百六十度をモニターで埋め尽くされた、全天周ディスプレイのコックピットの中から、その光景を眺めていた。



【ツインアニマドライブ……正常に稼働中】

【余剰神火の排出……問題なし。以後は『プロテクトフレイム』と名称を変更し防御機構として常時運用可能】



 コックピット内に無機質なシステム音が流れる。



「ハァ、ハァ……はーちゃん、な、なにが起こったの⁈」


「わ、わからない。私の中になにかが入ってきたと思ったら……」



 リンの問いに答えながら、ハルカは思い出していた。精神的な高揚感がピークの状態に達し、リンとのチョメチョメしそうになったシーンを――



「ギャー! 違う、違う! 私はリンをそんな風に思ってなんかないから!」



――顔を真っ赤に染めながら、頭上で必死に手を交差させ、イメージをかき消していた。



「うう、なんだってあんな気持ちに……」



 するとハルカは頭を抱え込みうつむいてしまう。それを見たリンは……。



「はーちゃん、あのね……気にしないで。私もさっきは、いろんな感情が突然心の中で湧き上がって、変な気持ちになっちゃった。その……はーちゃんに見つめられてたら、私も変な気持ちに……」



「リン……」


「でも今はもうなんともないよ。あの時、心の中に湧き上がったいろんな感情が、いっぺんに弾けたと思ったら元に戻ったし」


「リンも? 私も突然いろんな感情が心の中で膨れ上がって破裂したのよね。どうなっているんだろう? ん〜、……まあ、とりあえずソレはあとで考えるとして、まずは目の前の敵をどうにかしないと。リン、ちょっと前に詰められる?」


「あ、うん」



 大型バイクに似た、コックピットシートに跨がっていたリンが体を前に詰めると、ハルカは空いた後ろのスペースに腰を下ろした。


 少し狭いが、リンの腹に手を回しながらハルカは抱き、両ひじでリンの腰回りをガッチリと挟みこみながら体を固定する。

 それはバイクでいえば、タンデム走行、ツーケツと呼ばれる二人乗りの体勢だった。



「とりあえず、このまま戦うにしても、立ったままじゃ危なそうだからね」


「だね、はーちゃん♪」



 ウィンクするハルカに、リンは笑顔で答えていると――



「Guおォoぉぉ!」



――恐怖から逃れるように咆哮を上げたカオスドラゴンゾンビが、手にした自らの片腕を振り上げてコタロウへと突進を始める。


「突っ込んでくるわよ」


「コタロウ、避けて」


「避けるまでもない」



 リンは腕から飛び散る腐食の血を見て声を上げ、コタロウは冷静に答えると、なにも手にしていない左手を前に突き出し、突進してくるドラゴンゾンビに向けた。



「プロテクトフレイム!」



 コタロウの声と共に、手首に設けられた吸排気口から、猛烈な勢いで炎が噴き出し、シールドを形成する。そして――



「GuruuU!」



――カオスドラゴンゾンビの振り上げた手が炎の盾に触れた瞬間、激しい火花が上がり一瞬にして腕が焼き切られてしまう。

 飛び散る腐食の血は、炎に焼かれ瞬時に蒸発していく。立ち込める赤い蒸気が、コタロウの視界を一瞬だけ塞ぐ。


 するとカオスドラゴンゾンビは、突如として巨体を地に這いつくばらせ、口を大きく開けながらコタロウの足へ飛び掛かる――



「まだだよ!」



――だがリンは冷静に狂える死竜の動きを先読みし、コタロウに警告しながら、すでに回避イメージを思い浮かべていた。



「心得た」



 ご主人様の命に愛犬が答え、フィードバックしたイメージ通りに後ろへ飛び退こうが……。



「む⁈ 体が!」



 真紅の鎧をまとったコタロウの足が滑りバランスを崩し、大剣を手放しながら尻餅をつく格好で倒れ込んでしまう。

 

 そのチャンスを逃すまいと、ドラゴンゾンビはすかさずコタロウの体に馬乗りになり、無防備な首元へと牙を突き立てた。



「なんの!」



 だがコタロウは、とっさに迫り来る牙に向かって左腕を突き出し防ぐ。


 ガッチガチな甲冑のような腕に喰らいつき、圧し掛かるドラゴンゾンビ……マウントを取られたコタロウは下から抜け出そうと体を動かそうとするが、体の中から沸き上がる膨大な力に振り回され動きがぎこちない。



「ど、どうしたのコタロウ?」


「クッ、体が思うように動かない。いや、体の中を駆け巡る力が強すぎて、力に振り回されている⁈」


「え? それって……」



 リンはゾーンに入ることで、まともに体が動かせなくなる代償を思い出す。


【警告、神火保有量が限界に達します。神火の排出を推奨します】


「リン、プロテクトフレイムで引き離して」


「うん。コタロウ【プロテクトフレイム】!」



 システムの声にハルカが判断し、リンはそれに従おうとすると……。


【警告……密着状況でのプロテクトフレイム使用は、装甲の融解を起こすため使用不可】



 二人の耳にシステムが警告の声を上げた。



「イヤイヤイヤイヤイヤ! なんで自分の防御技使ってダメージ受けるわけ⁈ 装甲の融解ってなに⁈ 明らかに火属性に強そうな装甲なのになんで溶けちゃうのよ! 身を守るために、水中で電気を発して自分も感電しちゃう電気ウナギじゃあるまいし!」


「はーちゃん……電気ウナギって感電するの?」



 ツッコミを入れるハルカに、リンが疑問を口にする。


「するわよ。自分が発した電気でね」


「それって、死んじゃわないの?」


「体脂肪率が80%の脂肪が、体の重要な部分を守ってるから、感電死はしないのよ。でもエサが食べられず痩せちゃうと、感電死するみたい」


「体脂肪率80%って、おデブさんなんだね」


「そうね。リンの体重でいうと、37.84キロが脂肪ってことになるわ」


「えっ……」



 ハルカの言葉にリンは指を折り、なにかを計算する。



「な、なんではーちゃんが私の体重を知ってるの⁈ しかもグラム単位で⁈」


「フッフッフッ、私はリンのことなら、なんでも知ってるわ。リンさえ知り得ないことだってね♪」


「はーちゃん、犯罪はダメだよ。警察に行こう。私も一緒について行くから……ね」


 リンは悲しみの表情を浮かべハルカに自首をうながす。



「うん……リン、ありがとうって。待って待って、なんで私が犯罪者確定なの⁈」


「だって、私しか知らない情報を知ってるなんて、私のスマホをハッキングしたとしか。何年、壁の中で過ごすことになっても、私たちはずっと親友だよ」


「もう有罪まで確定してる⁈ 違うわよ。リンのおばさまに相談されたの」


「お母さんに?」


「そう。コタロウが居なくなってから、食べなくなったリンを心配したおばさんが体重計に残っていたデータを見て、私に相談してくれたの」


「え? 体重計って、データが残るの?」



 手を口元に当て驚きの声をリンは上げ、ハルカは呆れる。



「相変わらず、リンはデジタル音痴だね。今どきの体重計は体脂肪や筋肉量、骨密度はおろか骨格のバランスまで測定した数値を一生分保存できるのよ」


「あの体重計、そんな機能があったんだ。知らなかった」


「んで、痩せすぎてるリンを心配して、入学祝いのお昼ご飯を焼肉にしたわけよ。なのにリンときたら……焼肉を食べずに大好きなタクアンを山盛りにしてパクパクしてるし。私は体重より、リンの塩分摂取量が心配よ」


「あははは……』



 リンの空笑いを聞き、ハルカはヤレヤレと口元を綻ぶ。



「ぬうぅ、ご主人様、お楽しみのところ申し訳ないが、そろそろマズイかもしれん。この体勢も長く持ちそうにない」


「あっ、そうだった!」



 焦りの色が乗せたコタロウの声で状況を思い出した二人は、慌てて正面に顔を向ける。



「もう仕方ない。リン、自爆覚悟で【プロテクトフレイム】をするしかないわ」


「じ、自爆? コタロウ……」


【警告、プロテクトフレイム使用により装甲が融解した場合、神化排出口に問題が発生し戦闘に支障をきたす可能性あり】



「コタロウ、なんとか抜け出せない?」


「抜け出したいのは山々なのだが、どうやら排出しきれない神火が体の中で澱んで、体を勝手に動かしてしまうんだ」


 その言葉に、リンはコタロウの体のあちこちに備えられた吸排熱口から不規則に吹き出る炎を確認する。



「炎が排出した後なら体は動くの? じゃあ排出を終えたタイミングで動けば」



 するとリンは、余剰な神火の排熱が終わるタイミングに合わせイメージする。

 かつて父に見せられたライブラリー動画、『ドキッ! 君にもできるグランドポジション返し技編』の技……だが――



「ぬお!」


「グッOォォuoo」


――リンのイメージ通りに動くコタロウだったが、足を滑らせてしまう。すかさずカオスドラゴンゾンビがのし掛かり、首元に喰らいついた。



「コタロウ!」


 首に突き立てられた牙が、ガッチガチの装甲をジワリジワリと腐食させる。


「グッ、装甲が……クソ、神火を排出しても、すぐに生成されて制御が効かない。生成スピードが早すぎる」


「マズイ! どうするどうする……体を動かすために神火排出してもすぐに生成されてしまうなら……」


「はーちゃん、一気に神火を放出して空っぽにすれば動けるんじゃ?」


「ダメよリン。それができないからこの状況なのよ」


「じゃあ、神火の生成速度を下げればいいんじゃないかな?」


「あ、そうか、それだ!」


【現在ツインアニマドライブは、合体に必要な最低出力レベルにて稼働中。神火生成速度は最低レベルを維持中】


「え、今の状態で最低スピードなの? はーちゃん……」


「くあ〜! どうする、どうする、どうする! 考えろ私!」


 体を自由に動かすには体内の神火を放出するしかなく、されど密着された状態では放出できても自爆攻撃になってしまう。噛みつかれた首元の装甲は徐々に腐食し、遠からずガッチガチな装甲は喰いやぶられる。八方ふさがりの状況にリン達は悩む。



「ぬおー!」


 コタロウはカオスドラゴンゾンビを引き剥がそうと足掻くが、マウントを取られ動けない。

 

「Guぅぅuu⁈」


 喰いつかれているにも関わらず反撃してないコタロウに、カオスドラゴンゾンビは気づく。

 こいつは反撃しないんじゃない……できないのだと。

 自分の腐食のブレスを防ぐ忌々しい炎すら密着していては出せないのだと。

 ニヤリと狂える死竜の目が細まると、喰らいいた首元から口を離し、鎌首をもたげる。


 それは至近距離から、必殺のブレスを放つモーションだった。


 それを受ければガッチガチな装甲といえどタダでは済まない。最悪の場合、コタロウは……リンの脳裏に最悪な結末が浮かんだ。


「ダメ、ブレスがくる。コタロウ逃げて!」


「おのれ! ここまでなのか⁈ また私は……」



 カオスドラゴンの口元が吊り上がり、勝利を確信する。そして勢いよく鎌首を振り下ろしながらブレスを吐き出した時――


「誰か助けて!」


「くまー!」


――リンの願いを叶えるため、鋼鉄の熊が吠えた。


 恐るべきスピードで打ち出されたコタロウの右拳が、カオスドラゴンゾンビの脇腹に突き刺さる。


「ギYaァァァァァァ」



 マウントを取っていたはずのカオスドラゴンゾンビの体が【く】の字に曲がり、ブレスの軌道が逸れた。


 痛みを感じるはずのない狂える死竜が痛みを感じる。それは熱せられた巨大な岩が激突したかのようなだった。

 痛みに耐えながらも、なにごとかと脇腹に突き刺さったものに目を向けると……そこには灼熱に燃える鋼鉄の拳があった。


「くま吉!」


「くっまー!」


 リンの声に、クマ吉は左拳を突き出し答える……ディスプレイ越しにリンとハルカは見た。


 コタロウの肩アーマーが変形し、まるてボクシングのグローブのようにコタロウの左拳に装着される姿を……。

 

「グyaァぁ」


 肘から噴出された神火がまるでロケットブースターのように拳を加速させ、恐るべきスピードでカオスドラゴンを殴り飛ばす。


 危機を脱したコタロウが、体の各部を変形させながらゆっくりと立ち上がる。

 各部の装甲が次々に変形し、スラっとした騎士の出で立ちから、ズングリとしたマッシブなシルエットへと変わっていく。

 そして犬の形をした兜が変形し凛々しい熊の顔に変わると……そこには、筋肉隆々のガッチガチな肉体を持つ闘士の姿があった。


【くま吉の願いを受諾しました。過剰生成神火の廃棄コントロールシステム構築……完了】

【近接格闘モードへのシステム構築……完了】

【ナイトモードから……クラップラーモードへの変形……完了】



「これって……くま吉なの?」


「くまー!」


 ご主人様の願いを叶えるため、炎の闘士が現れた。

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