第32話 リンと人犬一体! 前編
「コタロウ、一緒にあの子を倒そう」
「ワオーン!」
リンの言葉に愛犬は応えると、警戒しながら様子を見ていたカオスドラゴンへと駆け出していく。
「あわわわ!」
上下に大きく揺れ動くコタロウの背中から、リンは振り落とされそうになる。だが手に握るハンドルバーや足裏のステップ、そして腰を降ろすシートがまるで吸い付くように体を支え、愛犬の背から振り落とされるのを防いでくれた。
「これ、私の体がコタロウと一体になったみたい……すごい!」
「グォォォォ!」
迫り来るガッチガチな犬を討とうと、カオスドラゴンは健在な右腕を振り上げ、ヒジのリアクティブアーマーを爆発させ、狂爪を打ち出す。
「頭を下げて!」
リンは頭の中でコタロウの動きをイメージすると、愛犬は寸分違わずイメージを再現し、コタロウの頭上スレスレを爪が通り過ぎていく。
最小の動きで攻撃を避けたコタロウは、ハルカの属性攻撃で露出した首元の黒球に、肉球パンチを叩き込もうとする。
しかしそれを予見していたカオスドラゴンは、長い首を伸ばし、振り抜いた腕を目隠しに、コタロウに牙を突き立てようと口を大きく開き喰らいつくのだが――
「コタロウ、伏せ!」
――リンもまたカオスドラゴンの動きを先読みし、すでに次の動きをイメージしていた。
リンの言葉とイメージを瞬時に受け取ったコタロウは、体を横向きに急制動を掛けながら地面に伏せる。
VR世界に設定された慣性の法則に従い、コタロウは地に足を滑らせがら攻撃を掻い潜り、無防備な背をさらけ出してしまう。すると――
「キックだよ!」
「ワウ!」
――リンはコタロウの背でカオスドラゴンに振り返り、タイミングを計り回転しながら横に蹴り抜けるイメージを思い描くと、接続デバイスは瞬時にコタロウへフィードバックする。
コタロウはノールックでコマのように体を横に回転させ、後ろ脚で横蹴りを繰り出し、痛烈な一撃が狂える竜のアゴを捉えた。
それはまるで、南米ブラジルの国技であるカポエラと呼ばれる格闘技の動きに似ていた。
リアクティブアーマーが反応し爆発するが、今のコタロウには意味をなさない。
ガッチガチの装甲が爆発とウロコを弾き返し、とてつもない重さの蹴り技が、アゴをグシャグシャに破壊した。
「グボォォォ!」
カオスドラゴンは、口を大きく開いたまま閉じれなくなり、まともに声も出せなくなる。
追い打ちを掛けるように、コタロウは地に着ける前足を中心に体をクルッと回転させると、体を低く構え頭からぶつかるように体当たりを放つ。
巨体な者同士が衝突し大気が揺れる。そして質量保存の法則に従い、片方は跳ね飛ばされてしまう。すなわち……カオスドラゴンは圧倒的質量をもつコタロウに当たり負けたのだ。
コタロウに跳ね飛ばされたカオスドラゴン……その頭上をコタロウが通り過ぎようとした瞬間、コタロウに面していたリアクティブアーマーが、一斉に爆発した。
対人地雷であるクレイモアのように、ウロコが面の攻撃となって、コタロウとその背に乗るリンに襲い掛かる。
「キャッ!」
リンが思わず短い悲鳴をあげると、コックピットに備え付けられたディスプレイに――
【オートディフェンス……フレキシブル・テイル・シールド起動】
――の文字が表示され、愛犬の尻尾が動き出す。
柴犬独特の可愛らしく丸まったガッチガチな尻尾が、柔軟に伸び、傘のように装甲を開き盾へと変形する。
リンの目の前にガッチガチなテイルシールドが現れると、迫るウロコをすべて弾き返し、ご主人様を守り抜く。
『ズシン』と大きな音を立てながら、跳ね飛ばされたカオスドラゴンは大地を転がり、その脇を愛犬に跨ったリンは駆けていく。
コタロウは、カオスドラゴンから距離を取りながらテイルシールドの装甲を畳み、尻尾を元に戻す。
「わあ、コタロウ、私を守ってくれたんだね。ありがとう。いい子、いい子♪」
「ワウン♪」
戦闘中のため、コタロウの頭を撫でられないリンは、バイクでいう燃料タンクに似た部分を片手で撫でながら愛犬を褒める。
愛犬は褒められながらも、カオスドラゴンから十分な距離を取り、再び体の向きを変え対峙すると……。
「グォォォ!」
転倒から立ち上がったカオスドラゴンは、怒りに満ちた唸り声を上げた。
大爆発やリアクティブアーマーの反撃にも耐え、自分の爪や牙でも仕留められないコタロウを忌々しく睨みながら、カオスドラゴンは体の再生をはじめる。
無理やり引き抜いた左腕の傷口がポコポコと盛り上がり、失われた腕が再生する。コタロウに蹴られ、グシャグシャに破壊されたアゴも、元の姿を取り戻していく。
「あの再生能力が一番厄介だよ。火属性の攻撃でないと、どんなに傷ついても回復しちゃうみたいだし、どうしよう……やっぱりあの首元の黒球を狙うのがいいかな?」
「わん」
「コタロウもそう思う? でも素直に攻撃させてくれるわけないよね。う~ん。【噛みつき】や【肉球パンチ】は、かなり近づかないといけないから、コタロウが危ないし、どうしよう?」
「……わん!」
ガッチガチのボディーに生まれ変わり、カオスドラゴンの攻撃をモノともしないコタロウを見てもなお、その身を案るリンの優しさにコタロウは応え――
【武器選択 神気レーザーカノン】
――ディスプレイに、虹色の文字を浮かび上がらせた。
「これを選べばいいの?」
「わん」
コタロウの声に従いリンが文字をタップすると、バイクでいうサイドミラーにあたる部分に、虹色の光が集まり弾け飛んだ。
するとそこには、多関節のマニュピレーターに支えられた、二本の太く短い砲身が現れる。
「これって……大砲? そっか、近づかなくてもコレで黒球を攻撃すればいいんだね。でもどうやって撃てばいいの?」
「わん♪」
ディスプレイに【シューティングモード】の文字が浮かび、コタロウの見たものが表示される。
画面には、カオスドラゴンと照準マーカーが表示され、コタロウの動きにあわせてマーカーが揺れ動いていた。
そしてリンの握るハンドレバーに備わったスイッチのひとつが赤く点滅する。
「狙いを定めて、点滅するボタンを押せばいいのかな? よ~し、じゃあさっそく……」
微妙に動くカオスドラゴンの動き合わせ、コタロウを動かすリン……そして照準がマーカーと黒球が重なった瞬間――
「えい!」
可愛らしい声で点滅するボタンを押すと、二本の砲身から虹色に輝くレーザーが撃ち出された。
「グオッ⁈」
黒球を狙って撃ち出されたレーザーの光りを見た瞬間、カオスドラゴンの本能は避けろと命令を下し、直感に従い巨体を横に飛ばす。
「グギャァァァァ」
その結果……黒球への直撃は避けられたものの、体を掠めたレーザーがウロコと肉を焼き、狂える竜にダメージを与えていた。
再生能力のあるカオスドラゴンだったが、属性不明の虹色の光が当たった箇所に激痛が走る。今まで感じたことがないほどの痛みに、獣の本能があの光は危険だと警鐘を鳴らす。
「あっ、外れた。もう一回、えい!」
再び照準を合わせ、レーザーを放つリン……だがカオスドラゴンは、なりふり構わず横に走り出し攻撃を避ける。
「えい! えい! えい!」
リンは照準を合わせ、次々とボタンを押すが、どれも逃げ回る狂える竜には当たらない。何十発と撃ちこんでも、当たる気配を見せなかった。
その光景を遠巻きに見ていたハルカは――
「あー! 違うリン、そうじゃないの。動く相手に照準を合わせて撃っちゃダメ。相手の動きと着弾の位置を予想して撃たないと」
――声を大にしてアドバイスを送るが、なかなか射撃が当たらず焦るリンの耳には届かない。
「こ、これ難しいよ。はーちゃんみたいに、うまく当てられない。どうしよう? あ、あれ?」
リンはレーザーを連射していると、突然スイッチを押しても砲身からレーザーが撃てなくなり――
【加熱限界……砲身の強制冷却を開始します】
――の文字がディスプレイに表示され、砲身の脇にある冷却板から熱い風が排出される。
「強制冷却? 連続で撃ったからかな? あれだけ撃って、掠っただけなんて……撃って当てるのって難しいんだね」
「わ、わ、わう?」
コタロウはションボリするご主人様の声に、『こ、こ、これならどう?』と再びリンの願いに応える。
すると【武器選択 ナイトソード(犬用)】の文字がディスプレイに浮かび上がった。
「今度のは撃たなくてよさそうだね……コタロウありがとう」
愛犬の優しさに礼を述べながら、リンはディスプレイに浮かんだ文字をタップする。
すると虹色の輝きと共に、全長四メートルを超える巨大な剣が……一本の騎士の剣(犬用)がコタロウの前に現れ、地面にズシリと突き刺さるのであった。
……To be continued『リンと人犬一体! 中編』




