第14話 リンと初めてのダンジョン
薄暗い洞窟の中を、二人の少女が松明を片手に歩いていた。
人が横に三人並べば、道を塞いでしまうほど狭い洞窟の道を慎重に……。
「でね、お父さんったら、私たちの写真データが入ったSDカードをパソコンにコピーしようとして、間違えて初期化しちゃったの」
「うは〜、SDカードなんて、まだあるんだ？ ネットにデータを瞬間で保存できる時代なのに、レトロカメラは大変だね〜」
「おかげでお父さん『俺はダメな父親だ！ 娘の晴れ姿を残してやれないなんて……うわ〜ん』って、盛大に泣き出しちゃって……お母さんと二人で、なだめるのに時間が掛かったよ〜。それでログインするのが遅れちゃったの」
「なるほどね。しかし画像データを初期化しちゃうなんて、さすがリンのお父さんというべきかしら」
「ほんとだねって……はーちゃん、それどういう意味⁈」
「さあ、どういう意味かな〜、ふふ♪」
「ひどい〜！」
「わん」
「くま〜」
慎重に……歩いてなどいなかった！
松明の明かりがゴツゴツとした洞窟の岩肌を照らし出す中、二人と二匹の召喚獣（？）は、ワイワイ騒ぎながら洞窟の奥へと進む。
二〜三メートルほどの低い天井が続き、洞窟特有の閉塞感も相まって、不安を感じそうだが……、二人には無縁だった。
リンの足元で愛犬（？）コタロウはハシャギ回り、天井の低い場所があるため、クマ吉は頭を下げ四つん這いになりながら、ノシノシとついて来る。
「ごめん、ごめん。でもリンの画像か……おばさんは、スマホで撮っていなかったの？」
「それが撮ろうとしていたら、お父さんが俺に任せとけっていうから、一枚も撮っていなかったって……」
「お、おじさん、そこまで豪語してデータを消したなんて……でも大丈夫よ」
「え？」
「画像データなら、うちの両親が雇ったカメラマンの撮ったのがあるから、あとでデータを送るわ」
「本当？ わ〜い♪ お父さんとお母さん、喜ぶよ」
リンが両手を上げて嬉しそうにする。ハルカは尊いものを見たと、顔をほころばせた。
「でも、いつのまにカメラに撮られたんだろ？ お父さん以外にカメラを向けられた記憶ないんだけど？」
「ん、かなり後ろの方に、バズーカ砲みたいなカメラを持った人がいたから、望遠で撮っていたんでしょ」
「あ〜、すっごい大っきなカメラの人がいたね。あれって学校が雇ったカメラマンかと思っていたけど」
「うん。うちの親が入学式に行けない代わりに雇ったのよ。おかげでリンに写真が渡せるわ」
「そっか、数枚でも私の写っている写真があれば、お父さんたち、きっと喜ぶよ」
「ん〜、数枚じゃないわよ。数百枚あったわ。私もログインする前に、ネットに納品された画像ライブラリを見たから」
「ふえ…… 私の画像を数百枚？ はーちゃんのではなくて？」
「私の画像なんて、数十枚しかなかったわ」
「なんで、はーちゃんより……私の写っている写真データの方が多いの⁈」
「そんなの決まっているわ！ リンのかわいさは至宝なの。娘よりも、リンの姿を撮るなんて当たり前のことなのよ」
「そ、そうなんだ……」
『なに当然なことを』とサラッというハルカに、リンは『いつも通りの平常運転だな〜』と、諦めにも似た気持ちで受け止める。
そんな他愛のない会話をしながら歩く一向……すると先頭を歩く索敵役のハルカは何かの気配を感じ取り、視線を前方の暗闇の中に走らせた。
「前からなにか来る……フォーメーションAでいくよ」
「うん。じゃあコタロウは、前に出て敵を引きつけてね。クマ吉はファイヤーボールの準備をお願い」
「ワン」
「クマー」
ハルカの号令に、リンは素早く二匹の召喚獣（？）へ指示を飛ばす。
リンの足元にいた鋼鉄ボディーの愛犬コタロウは、先頭を歩いていたハルカの脇を通り抜け、暗闇の中へと元気よく飛び込む。
ハルカはコタロウの後ろ姿を目で追いながら、手にした松明を前方の地面に投げ落とすと、腰のホルスターから二丁のデザートイーグルを素早く引き抜く。
松明を中心とした半径五メートルの闇が払われ、通路の先を明るく照らし出す。
リンの背後に控えるクマ吉は、後方を警戒しながら両手を上げ、巨大な火の玉を作り出していた。
なぜか熱気が伝わり、熱さを感じるリン……バーチャル空間だというのに額に汗が浮かび、腕でグイっと拭うと、腰に差していた初心者の短剣を手にする。
「リンは松明を持って、視界の確保をお願い。チャンスがあれば攻撃してね」
「うん。がんばるよ～！」
リンはハルカの問いに答える松明を掲げると……。
「ワオーン！」
「合図の遠吠え、うまく釣れたようね。リン、お願い」
「はーちゃん任せて、クマ吉、ファイヤーボール」
「クマー！」
リンの合図と同時に、クマ吉は頭上に浮かぶ巨大な火の玉を、コタロウの吠えた方へ撃ち出した。
ファイヤーボールは、行く手の闇を照らし出し、通路の先へ消えていく。すると――
「キャウーン！」
――という声聞こえ、暗闇の先で巨大な火柱が立ちのぼる。
すると炎の中で何かがもがき苦しみ、バタっと倒れ込んだ。
やがて火柱の勢いが収まると、そこには炎に焼かれピクリとも動かなくなったモンスターの焼死体……それとお座りしながら平然と後ろ足で耳をかく、コタロウの姿があった。
「コタロウ、ケガはない？」
「ワン」
リンが愛犬を心配すると、コタロウがリンに振り向き『大丈夫〜』と答える。
「いや、リン……もうコタロウの鉄壁っぷりは、折り紙つきよ。アレがダメージを負う姿なんてわ想像できないわ。あっ！ 気配が他にまだある。リン、気をつけて！」
ハルカは警戒を促すと、前方の暗闇から犬が猛スピードで飛び出してきた。否、それはただの犬ではなかった。武器を手に、二本足で走るモンスターが少女たちに襲い掛かる。
120センチそこそこの小柄な背丈に、全身を短めの毛で覆われたそれは、シベリアンハスキーを無理やり人型にしたような姿だった。
「コボルト⁈ リンは下がって！」
ハルカは銃を握る手に力を入れ走り出していた。そして事前にネットで集めておいた情報を思い出す。
コボルト……二足歩行する犬。主に棍棒などの原始的な武器を手に襲ってくる。集団戦を得意としソロで行動することは稀である。
コボルトは唸り声を上げ、手に持った棍棒を振りかぶるとハルカに襲い掛かってきた。
「グオォォォン」
「はーちゃん！」
「大丈夫よ」
思わず声を上げるリン……だが、そんな心配を他所にハルカは両手にした銃を×の字にクロスさせると、コボルトの棍棒を銃身で受け止めてしまう。
「コタロウの挑発スキル範囲外にいたかな？ 計算外だったわ。これからはコタロウの挑発スキルも、効果範囲を考えながら戦略を考えないとダメね」
と、ハルカがコボルトの攻撃を受け止めている隙に、前方の暗闇から別のコボルトが飛び出し、コタロウとハルカの脇を通り抜けリンへと襲い掛かっていく。
「あっ、リン！」
「はわわ、クマ吉！」
「クマー」
クマ吉が、リンの盾となり前に歩み出る。
身長120センチのコボルトより、遥かに背の高いクマ吉……腕を振り上げれば三メートルに届かんとする巨体が勢いよく立ち上がった。
「クマー！」
「「あっ！」」
すると『ガン！』という大きな音を立てながら、クマ吉の頭は洞窟の天井に激突し、硬いもの同士がぶつかる鈍い音が洞窟内に鳴り響いた。
リンを襲おうとしていたコボルトは、あまりにも大きな音に警戒し後ろに跳ぶと、手にした棍棒を構えながら様子をうかがう。
パラパラと天井から小石が落ち、後ろに控えるリンの頭に降り注ぐ。リンは落ちてきた石を手でガードしながら、クマ吉を見上げると……。
「く、くま〜！」
「いやいやいやいやいや！ ないから！ それはないから！ 頭を天井にぶつけて痛がるならまだしも、天井にめり込んで抜け出せず、慌てふためくクマなんて、ありえないから！」
クマ吉は天井に頭をめり込ませながら、慌てふためいていた。
「ありゃ〜、クマ吉の頭が洞窟の天井にめり込んじゃったの？」
「わう？」
「クマ〜」
天井にめり込んだ頭を抜こうと、クマ吉は必死にもがくがまったく抜けない。
そんなクマ吉の様子を見たコボルトは、動けないのをよいことに、これでもかというくらい棍棒を叩きつけフルボッコにする。
「クマ吉！」
「くま〜！」
「ワン」
リンはボッコボコにされるクマ吉の姿を見て、思わず声を上げていた。クマ吉も『やめて〜』と切なげな声を出していたが、赤い鋼鉄のボディーをいくら棍棒で叩こうと攻撃は通らず、意味を成さなかった。
無傷なクマ吉の様子を見たコタロウは、地面に背中を擦りつけながら、ゴロゴロと転がりだす。
「クマ吉、痛くない？」
「いや、リン、その子たちを心配するだけ無駄だからね！」
だんだん二匹の扱いに慣れてきたハルカ……立ち直りも早くなっていた。棍棒を受け止めていた銃に込める力を強め、ハルカは腕を前に押し出す。するとコボルトはバランスを崩され隙ができた。
その一瞬の隙を狙い、ハルカは当然のように右手に持つデザートイーグルの銃口を向けると、躊躇いなく引き金を引く。
『ドン！』という大きな銃声が洞窟内に響き、コボルトの頭は跡形もなく吹き飛ばされた。
「クマー！」
クマ吉も戦いに加わるべく、渾身の力を腕に込めて天井から頭を引き抜こうもがく。するとわずかながら天井に埋まっていた頭が動き出した。
それを見たコボルトは、させるものかと棍棒をメチャクチャに振り回し攻撃を仕掛ける。だが……『ガンガン』と硬い鉄を叩く音がするだけで、ダメージはまったく入らない。
コボルトはこのままではマズイと棍棒を大きく振りかぶり、力を溜めると……クマ吉に向かって全体重を乗せた渾身の一撃を放つ！
「クッマー！」
クマ吉もまた、頭を一気に引き抜こうと腕に渾身の力を込める。すると天井から『ガボッ』と頭が抜ける。
天井から解放されたクマ吉は、目の前に迫る棍棒に鋼鉄の腕を振るって攻撃を弾くと、すかさずコボルトを『ガバッ！』とカッチカチな胸で抱き締めた。
クマ吉はコボルトを抱き上げ、腕を締め上げることで、その動きを封じてしまう。身体を持ち上げられ、満足に力を入れられないコボルトに、クマ吉のベアーハッグが見事に決まる。
コボルトは締め上げられる痛みから逃れようと、クマ吉の頭を棍棒でガムシャラに叩きまくる。しかしカッチカチな頭には、ダメージがまったく入らない。
「リン、チャンスよ。クマ吉が動きを止めている間に、グサッといって、グサッと！」
「うん。クマ吉しっかり捕まえていてね」
「くま〜♪」
するとリンは松明をハルカに手渡し、コボルトとの背後に回り込む。
そして手にした短剣を両手でしっかり持つと、狙いを定め勢いよく短剣を突き出した。
「ごめんね。『グサっ！』」
〈クリティカルヒット〉
リンの短剣は吸い込まれるようにコボルトの背に突き刺さる。刃渡り二十センチの短剣が、一撃でコボルトの命を刈り取ってしまう。
リンの必殺技『グサッ！』が見事に決まった。
その瞬間、コボルトの体は光の粒子へと変わり、戦闘は終了する。
倒した五匹のコボルトの死体がすべて消えてなくなると、地面にドロップアイテムの毛皮や肉が落ちた。
「ふ〜、よかった。はーちゃん、うまく倒せたよ」
「お？ またクリティカル？ さすがLUK極振りね。防御無視と武器の最大ダメージ固定は、やっぱり強いわ」
「でも、その他のステータスは1だから、はーちゃんやコタロウ、クマ吉がいないと私なにもできないよ。みんな助けてくれてありがとう」
戦闘であまり役に立っていない。むしろお荷物になっていると自覚しているリンは、助けてくれるみんなに感謝の言葉を口にする。
「私はリンとゲームをプレイできるだけで楽しいの。だから気にしなくていいからね♪」
「わんわん♪」
「くま〜♪」
「うん♪」
喋れないコタロウとクマ吉も、狭い通路を駆け回り、リンに喜びを伝えていた。
「さて、じゃあドロップアイテムを拾って、先に進みましょう。リン、レアクエストの指定された場所は、この先で合ってる？」
「待って、え〜と……うん。クエストの地図だと、ここから少し先にある、開けた場所を指し示しているよ」
「開けた場所か……なんか変な奴らが付いて来ているみたいだし、この狭い通路より、開けた空間の方が戦いやすいかな」
「え？ 変な奴らって？」
ハルカの言葉にリンは頭にハテナマークを出しながら首を傾げる。
「初心者の洞窟の入り口前にいた人たちの中に、私たちをずっと遠目で見ている奴らがいたんだけど、そいつらが一定の距離を保ちながら、私たちのあとをズッとつけているのよ」
「ええ、なんで私たちを？」
「たぶん、私たちのレアクエストが、目的なのかな？」
「レアクエスト？ でもこれは私たちが受注しちゃったから、もう他の人は受けられないんじゃ？」
「うん。一度でも受注したら、もう他の人に権利を渡すことはできないけど……レアアイテムの横取りはできるのよ」
「よ、横取り？」
リンはハルカが告げた物騒な言葉に驚いていた。
「そう。私もネットで調べたんだけど、この神器オンラインってゲームは、アイテムの取得方法に少し問題があるのよ」
「問題？」
「アイテムが地面にドロップしてから、三十秒間はドロップの取得権利がある人しか拾えないんだけど、それをすぎると誰でもアイテムを拾えるの」
「ん〜、それが問題なの？」
「うん。あまりゲームをやらないリンは知らないだろうけど、今どきアイテムが足元にドロップするオンラインゲームなんて、ほとんどないのよ」
「はい！ はーちゃん先生、どうしてアイテムが落ちないんですか？」
「フォッフォッフォッ、よいじゃろう。では教えてしんぜよう」
ハルカはいつもの物知りお爺さんモードに口調を切り替える。
「アイテムを落とすゲームがない理由……それはプレイヤー同士のトラブルが絶えないからじゃよ」
「トラブル？」
「そう。昔はドロップアイテムが地面に落ちるのは普通だったのじゃ。それが最近のゲームは、やれ拾うのが面倒くさい、苦労して手に入れたアイテムを他のプレイヤーに横取りされて納得できないと、ゲーム会社に苦情が絶えんのだ。だからドロップアイテムは直接プレイヤーのアイテム欄に入るか、レアアイテムは戦いに参加した全員に配られるのが普通になったのじゃよ」
「ゲーム会社の人に苦情か〜、大変そうだね」
「じゃの〜。だから最近のゲームでは、このアイテムドロップは珍しいのじゃよ。おかげで、システムの穴をついてアイテムを横取りするプレイヤーまで現れる始末なのじゃ」
「システムの穴？」
「そうじゃ。まあいろいろな穴はあるが、一番ポピュラーなのはMPKじゃの。『Monster Player Killer』の略で、大量のモンスターを引き連れて、それを他のプレイヤーに擦りつける行為のことじゃ」
「ええ！ そんなことできるの？」
「それができるのじゃよ。数は暴力だからの〜。とくに戦いで疲弊したとこにコレをやられると大抵は殺されてしまう。そして相手が死んだあとに、地面にドロップしたアイテムを拾って逃げるわけじゃな」
「ひ、ひどい！」
「ワン！」
「クマー！」
話を聞いていた二匹も、怒りをあらわにしていた。
「まあ、いまのは一例よ。他にもいろいろと方法はあるんだけど……間違いなく、私たちをつけているのは、その類いでしょうね。とりあえずこの狭い追路じゃ、動きが制限されてクマ吉も動き難いでしょうから、この先の開けた場所で様子を見るわよ」
「うん。ならドロップアイテムを拾って、先を急ごう」
「わん！」
「くまー！」
こうして二人と二匹のパーティーは、はじめてのMPK戦を体感することになるのだった。
…… To be continued 『リンと初めてのMPK 舞い降りる悪夢』
