①
『強すぎる武器は、好きですか?』
「はぁ……」
大きな木製看板に、赤い字で大きく手書きされているその文字は、我ながら良く目立つと思う。
しかし、皆その看板と隣に座る俺、そしてその前に並ぶ禍々しい武器たちを横目に通り過ぎてしまう。俺は手もちぶさたに前髪をいじりながら、何度目かわからない溜息をもらす。
(今日も売れない……)
王都の中央広場から伸びる大通りを一本入ったところに、職人たちの工房が連なる裏通りがある。
職人が朝から晩まで作業音を外に響かせることから、その通りは『金槌通り』と呼ばれている。
俺はその端っこにある小さな工房で武器職人として働いている。そして今日は、金槌通りの突き当りにある少し開けた場所に自分の作品を売りに来ているのだ。若手職人たちの見本市であるその場所には、俺以外にも露店を広げる者が多い。
騎士団や冒険者ギルド、兵学舎などにまとめて卸せる大手の工房はいいが、そういったツテを持っていない俺の様な駆け出し職人にとっては、そこで数寄者の客に自分の商品を売りつけることが唯一の収入源なのである。
「おうラフト、今日も売れてねえなあ」
「……うるさい」
声を掛けて来たのは同じ職人の青年。
「俺は商品を届けてきたところさ。初心者用の剣や盾は商人やギルドがいくらでも欲しがるからなあ」
「そりゃよかったな。早く工房に帰らないと、親方さんに怒られるんじゃないのか」
「おう、そうだった。ま、せいぜい勇気ある冒険者にでも買ってもらえればいいな。それじゃ」
そう言って誇らしげに大股で歩き去った。技士学舎の同期である奴は丁寧で仕事が早く、この金槌通りで一、二を争う工房に就職が決まり、毎日はつらつと働いている。
(それに比べて、俺は……)
自分の武器に目を落とす。
あちこちとげの様に尖った、いびつな刀身の剣。
ギロチンに柄をくっつけただけの様な馬鹿げた大きさの斧。
真っ黒な穂先が鈍く光る三叉の槍。柄の部分にはご丁寧にドクロの装飾が施されている。
目の前に並んだ商品はどれも、一見して魔族の武器か、あるいは呪いがかかっているのではと思う程の禍々しい気配を漂わせる。
「何で、こうなっちまうかなあ……」
死んだ親父の後を継いで立派な武器職人になろうと決意し、技士学舎に入った。その頃から、武器作りだけがありえない程の失敗をしてしまうのである。
(失敗、っていうか……)
何の気なしに自作したトゲトゲの長剣を持ってみる。
ブオンと鈍い音が響き、刀身から黒紫色の魔力が湯気の様にほとばしる。
(……なんで?)
長剣を置き、その隣の真っ赤な刀身の曲剣を拾い上げる。
「血ダ……血ヲヨコセェ……!」
「何で喋るんだよ!」
やけくそに剣を叩きつける。
武器を初めて作った時から、何故かこんな恐ろしい仕上がりになってしまう。
(時計とか、他の物は全然普通にできるのにな……)
「強すぎる武器だって?面白え、見せてもらってもいいかい?」
「え!」
顔を上げると、日焼けした丸太の様な腕がいかにもたくましい男がしゃがみこみ、俺の作った武器を見ていた。
「は、はい、どうぞどうぞ!どれでも見て行ってください!」
上はチョッキ一枚、下は薄汚れたズボンという出で立ちで、たわしの様に伸びきった硬そうな髭が汚らしい。間違いない、冒険者だ。
(ひとつでも売れれば……!)
男は棒付きギロチンにしか見えない斧に手をかける。
「んぐっ……!」
(あー……)
男は顔を真っ赤にして力を込めているが、持ち上がらない。それもそうだ、何故か錬成に使った鉄の質量よりも重い物が出来上がってしまったのがこの斧である。失敗作の中でもとびきりの駄作だ。なにしろ持ち上げられないのだから。
「ちょ、ちょっと今日は筋肉痛が酷いな。こっちの槍を見させてもらうぜ」
「あ、はい。どうぞ」
息を弾ませて言い訳する男は次に、真っ黒な三叉の槍を持ち上げた。一瞬ほっとした様な顔をした後、槍を振りかぶって見せる。
「へえ、これのどこが強すぎるってんだ?」
「あ!」
俺が止めようと手を伸ばしたが、時すでに遅し。
「えっ」
男が振り下ろした槍はその手を離れ、凄まじい勢いで空の彼方へ飛んで行ってしまった。風を切り裂く轟音に、周囲の客や職人は驚いてこちらを見る。
「お、おい!どうなってやがる!」
「あー、その槍はですね。目標を貫くまで返ってこない投擲用の槍でして……」
「目標って、俺はただ軽く振っただけで……」
「ええ、ですので……」
俺の説明の最中に、空に消えた槍が再び戻って来た。行きと変わらない速度で真っ直ぐに髭の冒険者目がけて飛来する。
「うわあああ!」
「この!」
頭を抱えてうずくまる男に槍が突き刺さる直前で、俺は力任せに槍を引っぱたき落とした。カランカランと音を立て、槍は動かなくなる。
「いてて……今みたいに目標なく投げたりすると持ち主を貫こうと戻って来るんですよ」
「呪いの槍じゃねえか!」
がたがたと肩を震わせながら口角泡を飛ばしてくる髭男。元はと言えば、勝手に振ったのはこいつなのに。
「い、いえ、毎回間違いなく目標さえあれば危険は……あ、でも目標貫いた後も今みたいに戻ってきますけど」
「それじゃダメだろ!」
「あ、じゃあこういう剣なんかは」
「血ヲ……血ヲ捧ゲヨ……」
「何か喋ってるぅー!」
男は叫びながら青ざめた顔で一目散に走り去ってしまった。
(しまった)
つい手近な赤い曲剣を持ち上げてしまった。悲鳴がだんだん遠ざかっていくのを聞きながら、俺は力なくその場にしゃがみこむ。
(ああ、せっかくの客が……)
いつもこうだ。俺が魔力を込めて作る武器は百発百中で危険な仕上がりになる。
名の通った武器職人だった親父の後を継ぎたくて、どうしても俺は武器職人になりたかった。卒舎した後色々な工房に勤めたが、どこも俺の作る武器を見て戦慄し、次の日には首になった。
その騒ぎを見ていた周囲の客は目を逸らし、俺の前に立ち止まることはなかった。
「あーあ、今日も芋とパンだけか……」
結局声を掛けて来たのはたわし髭の男のみ。昼前から夕方まで粘ったが武器はひとつも売れなかった。
並べた武具を荷車に放り込み、店じまいをしてとぼとぼと帰路に着く。通りを歩く間も、すれ違う職人達は俺と俺の武器を見てひそひそと耳打ちし合っている。俺の悪評はすっかり広がり切ってしまったようだ。
「ただいまー……」
幅の広い入口にかかった幕をめくり、小さな石造りの建物に荷車ごと入っていく。親父の仕事場であり、俺の実家だ。昔はそれなりに親父の弟子や売り子のおばちゃんなどが出入りしていたが、親父が死んでからは皆この工房を出ていってしまい、俺が一人で暮らしている。
十以上の工房を首になった俺は、仕方なく金槌通りにあるこの工房に戻り、職人として仕事を始めた。
それから二年、俺の作った武器は一つも売れていない。
工房の竈は煤だらけ、金床はあちこち錆びて年季を感じさせる。壁に立てかけられた武器はどれもこれもまともな形の物はなく、魔王城の武器庫と言われたら作者の俺ですら納得してしまいそうだ。
「試し斬りでもしてくるか……」
日はすっかり暮れたがまだ夕飯には少し早い。荷車を部屋の端に置き、いくつか武器を見繕って俺は再び外に出た。
金槌通りを出て裏町を歩くと、美味そうな匂いが鼻をくすぐる。そこかしこの店から笑い声が通りに響き、客引きの美女たちは足や胸をやたらと強調して職人や冒険者、仕事終わりの兵士を誘っている。
(あー、いいなあ……)
屋台では大ぶりの鶏肉に甘辛いタレをたっぷり付けた串焼きがジュージューと音を立てて焼かれている。その前で焼き上がりを待つ冒険者風情の男達は、大きなジョッキを片手に酒をあおり、豪快に笑いながら自身の冒険を自慢し合っている。
情けない気持ちで裏町を通り過ぎ、町はずれの草原に出る。持ってきた武器を一旦下ろし、その中から一つを持ちあげる。
手に取ったのは凶悪な鋭いトゲが無数に散りばめられた棍棒。人間用というよりもむしろモンスター用と言うべき外見だ。
(うわあー……)
自分の作品ながら、その醜悪な見た目には苦い顔をしてしまう。
魔導技士の錬成は、魔力を込めながら頭の中に完成品を思い描き、金槌で叩くという方法で行われる。そうして叩き続け、段々と形を成していくのだ。
俺自身、こんなものを思い描いて鉄を叩いた覚えはない。しかし、なぜかこんな仕上がりになってしまうのだ。
原っぱの先にある大きな岩目がけて棍棒を構える。何かあったら危ないので、試し斬りはいつも人気のない原っぱで行う事にしている。そして、大体何か危ない事が起こる。
(炎が出るとか、風をまとうとか、そんなんでいいのになあ)
そんな事を思いながら、軽く棍棒を振ってみる。
ババババッ!
「えっ」
棍棒のトゲが本体を離れて岩や地面に勢いよく突き刺さる。突き刺さったトゲからシューシューという音が漏れ、岩をドロドロに溶かし、地面のトゲは周囲の草を枯らしていく。
「……」
その光景を呆然と見ていると、右手に握る棍棒から新しいトゲがニュッと生えてきた。
「……ど」
俺はそれを黙って地面に置き、腰に提げた金槌を取り出して振りかぶる。
「毒じゃんか!」
叫びながら棍棒に金槌の一撃を叩きこむ。
「ギャー!」
砕け散る瞬間、何故か断末魔の悲鳴を上げる棍棒。
「ハー……」
どうしてこうなるのか。
溜息を吐きながら次の武器を持ち上げる。一見すると、刺突用の小剣だ。ただ、細い刀身はのこぎりの様にギザギザしている。
「形は、まあ、まともだな」
一本の木に近づき、小剣を構える。貫通力を試すにはいささか木が太すぎる気もするが、まあきっと何か起こるので気にしない。
「やっ!」
ズンッ!
鈍い音を立てて、刃が突き刺さった。
「おお、これは!」
凄い貫通力だ。これは売り物になるかも知れない。
安心して思わず笑った。
「ん?」
その時である。小剣が勝手に動き出し、俺の手を離れる。
「うおっ!」
剣は勝手に前後に激しく動き、のこぎりさながらに幹を削り取っていく。やがて七割ほどを削り取ったところで、木は自立をあきらめ、大きな音を立てて倒れた。
「う、うーん、アリ……か?」
どうなったか確認しようと一歩踏み出すと、小剣は勢いよく俺の顔に向かって飛んで来た。
「あっぶね!」
すんでの所でそれを躱し、振り返ると、小剣はぐにゃりと曲がって再び俺を捕捉した。空中に浮かび、切っ先を俺に向けて再び速度を上げて襲い掛かる。
「だあ!」
俺は素早く金槌でそれを打ち落とす。小剣は真っ二つに叩き折れ、地面に落ちる。その後ぐねぐねと蛇の様にのたうち回り、そのうち動かなくなった。
「はあ、はあ、はあ……」
力なくそれを見下ろし、がっくりと肩を落とす。俺の作る武器のうち三つに一つは、なぜか持ち主を攻撃する仕様になっている。それさえなければ、と何度思った事か。
落ち込んだ気分を何とか持ち直し、俺は次の武器を拾って構えた。
(次は上手くいきますように……)
「うわ!」
「いや何でだよ!」
「逆だろ!」
「もういいよ!」
その後も持ってきた武器を試すも、使えるような武器はなかった。そのほぼ全てを自らの手で叩き折り、ゴミ山に投棄して、俺はとぼとぼと町に戻った。
帰る頃には日は完全に落ちきり、辺りは暗闇に包まれていた。
「ああ、腹減った」
すっかり暗くなった裏町は食事や酒盛りの客で賑わう。すっかり手ぶらになった俺はその灯りから隠れる様に隅を歩き、自宅へと歩き続けた。
「ラフト!」
「ん?」
家の前まで戻ると、一人の男が玄関の前で立っていた。親父の元弟子で、今は自分の工房を持った一人前の武器職人だ。
「ああ、どうも久しぶりです」
弟子時代より小綺麗な身なりをしているところを見ると、商売は順調のようだ。
「大きくなったな。えーと、十七になったのか。仕事はどうだ?」
男はにっかりと笑い、俺の肩に手を置く。太くごつごつした指は確かに職人のそれで、ぎゅっと掴まれた肩が痛い。
「はい、まあ、えーと」
「……まあ、この様子じゃ繫盛はしてないよなあ。危ない武器作る癖は治ったか?」
「……」
その言葉に力なく首を振る。憐れみの視線が心に刺さる。
「そうか……ああ、これうちのヤツが作った煮込み。まだ温かいから夕食に食ってくれ」
「あ、ありがとうございます!」
布に包まれた皿をひったくるように受け取り、思わず大きな声で礼を言う。質素な夕飯が一気に彩られ、興奮してしまった。
「わざわざこれを届けに?」
「ああ、いや。今日来たのはこれだよ」
そう言って懐から一枚の紙を俺に差し出す。何かのチラシの様だ。
「お前にぴったりじゃあないかと思ってね」
「俺に?」
中を見ると、武器職人募集のチラシだった。大見出しには、
『ドラゴンの巣への討伐軍を組織しました!強力な武具を作れる職人急募!』
と力強く書かれている。
「お前の武器は危ないけど強力だからな。ドラゴン退治をする様な奴の中には、使いこなせる奴も出てくるんじゃあないかね」
励ます様に言うが、その声は俺には届いていなかった。
「こ……」
「?」
「これだあーーーーー!」
俺の叫びは金槌通り中に響き渡った。
ドラゴン退治のための武器。いいじゃないか。
「これですよ!こういうの待ってたんです!」
上手くいけば俺の武器の評判は広まる。強者達が競って俺の武器を買い付けに来る。
「そ、そうかい。まあ頑張れよ」
「よーし、やるぞー!」
その日から、ドラゴン討伐軍用の武器を作る日々が始まった。
思えば、この夜が俺の運命を大きく変える分水嶺となったのだ。