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生け贄にされた少年は

 最近、付近の村で人が忽然と姿を消すという噂があった。

 それはだいたいよく晴れた月の出る夜に、音もなく消えるという。


 気味の悪い話だ。


 大人が言うには、狼の仕業だの、熊の仕業だの、はたまた鬼に拐われたのだと一貫性のない。

 子供を怯えさせるだけの話ならば全てお化けの仕業で済む話だが、狼やら熊やらが出る時点で、この噂が本物だという証拠になる。


瑞木(みずき)、この鈴を持っていなさい。ありがたい鈴だから、きっと貴方を守ってくれるはずですよ」


 そう言って村の大人から渡されたのは何の変哲もない鈴だ。

 所々錆びていて、揺らせばカロコロと小さな音がなる。

 助けを呼ぶためならばもっとつんざくような音を出す笛とかを寄越すだろう。これでは獲物は此処ですよと教えているようなものだ。


 そう、つまりはこの瑞木という少年は生け贄に抜擢されたのだ。


 一つの村で一人ずつ消えているのなら、先に生け贄で一人捧げてしまえばよい話。それも、村の端に捨てられていた孤児ならなおさらその役にはちょうど良かった。


「わかった」


 望み通りに鈴を腰布に結わい、別の村人から大層立派な箱を受け取った。


 この中には“御神体”とやらが入っている。

 月に一度、12のある村の中央にある神社から半月ずつ交代で神社から村へ、村から神社へと移動させられる忙しい御神体だ。

 中身は知らない。

 大人さえも知らない。

 開ける隙間もないのだけれど、なかに何かが入っているような音はする。


 子供でも持てる重さのそれは、本来ならば大人が持っていくはずのものたけど、みんな月の出る夜が怖くて仕方がないのだ。


 そんなに怖いのならば曇りの日にでも持っていけばいいのにと思うのだが、生け贄の問題もあって、ちょうどよく晴れたこの満月の月夜に2つ同時にやってしまおうと言うわけだ。


 運良く瑞木が生け贄で消されても、箱が残っていれば安心して次の日の夜にでも納めにいけばいい。

 運悪く瑞木が箱を納めて戻ってきた暁には、何かしら用事を言いつけて外に出るようにするのだろう。


 まぁいいさ。

 どっち道俺には未来はないと、瑞木は諦めていた。


「気を付けるんだよ」

「…はい」


 顔に心配そうな顔を張り付けた居候先のおばさんは、早く行きなと背中を押した。


 扉を開けて外に出ると、雲一つない夜空に満月が輝いている。


 後ろでは、一歩外に出ただけだというのに扉が閉められ、中では「これでもう安心だよ」と自分の子供たちに声をかけるのが聞こえた。


 どの家を見ても扉は閉められていて、ほんの少しだけ開けられた窓からは瑞木がきちんと村から出るかと監視するように目玉だけが見える。


 心配しなくても自分の役割くらいはわかっている。


 瑞木はまだ10の歳だが、恐ろしく察しの良い子だった。

 何せ4つの歳には働かせられていたのだから。


 きっと自分はこの為に生かされていたのだろう。


 そんな気がする。






 村の柵を越えて、神社へと向かう道をいく。

 目の前には深い森が広がっていて、月の光さえ届いていない。

 真っ暗闇だ。

 あまりの怖さに泣きそうになるが、すでに戻る道はない。


 強く握りしめて箱を背負い、瑞木は森の中へと歩を進めていった。


 カラコロカラコロ音がする。


 鬼さん此処よと誘っている。


 気分は蛙。

 木の間からきっと噂のアレは蛇のように窺っているのだろう。


 這いずる音を耳が拾い、足が鉛のように重くなる。

 だけど、進むしかないからと必死に足を前に出す。


「はぁ…っ、はぁ…っ」


 知らず呼吸が乱れ、体が震える。

 俺を見ているモノがすぐ後ろに、居る。







 暗闇に浮かんだ赤い目と、白い牙が、視界一杯に広がっていた。







 悲鳴を上げた。

 声にはなっていなかっただろうが、確かに悲鳴を上げた。


 鈴を投げつけ逃げ出した。

 背中の箱も放り出したかったけど、手が震えて結び目が解けなかった。


 無我夢中で走った。

 ひたすら真っ直ぐ、化け物とは反対方向へ、ただ真っ直ぐ。


 この道の先は神社だ。

 鳥居が12の少しの広場の真ん中に小さな祠があるだけの神社。


 守ってくれるものはない。

 本当ならそんなところに逃げ込んではいけないのもわかっているけれど。


「死にたくない…っ」


 瑞木という少年には、そこしか行き場がなかった。


 もつれそうになる足を叱咤し、絡み付く黒い影の手を潜り抜け、とうとう神社に辿り着いてしまった。


 月明かりが落ちて、祠を優しく照らしている。


 12ある鳥居は、自分が来た鳥居以外は閉じられている。

 神の道は一つだけ開かれる。

 閉じられている鳥居は潜ることができない、つまりは袋小路。


 瑞木は追い詰められてしまった。


「は、ははは。くそ…」


 黒い影がゆっくりと鳥居から這い出してくる。

 神域といっても、こんな化け物一つ追い出してくれる力も、子供一人助ける奇跡すら起こしてくれない。


 影からのたりと化け物が身を起こし、手を伸ばしてくる。

 白い牙が開かれ、はやく来いと舌が手招きしている。


 誰が行くもんか。

 そうは思っても、化け物の黒い手は瑞木の体を絡め取っていく。


 誰か、助けて!!!


 この時、生まれてはじめて瑞木は“誰か”に助けを求めた。





「助けに来たよ」




 その時、凛とした声が響いた。

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