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あれから一時程経っていたがイリアーゼは睡眠薬の効果が未だに出ないことに焦りを感じていた。
(どうして?なんで三人とも寝ないの?)
イリアーゼは近くにいたミリヤを見る。
ミリヤは私を木の影で休むよう言った後アレックスとゼンに大道具を片付ける指示をしてから、てきぱきとカップや皿を片付けている。その動作に眠そうな様子はない。ミリヤは視線に気付いたのかイリアーゼの方を見ると笑いかけてくれた。
(私が男だったらここで恋に落ちてるわ)
同じように笑いかけて次にゼンを見る。
ゼンは大道具を片付け終えたのか、馬の様子を伺いながらブラシをかけていた。その動作にも眠そうな様子はない。ゼンも視線に気付いたのかお嬢ーって言いながら手を振ってくれた。
(けっこう距離があるのに気づくなんて流石お父様の選んだ護衛だわ)
同じように手を振り返して次にアレックスを見る…が、見当たらない。
「アレックス、どこに行ったのかしら?」
「後ろにいますよ。」
「え!」
振り向くとアレックスはイリアーゼの後ろにあった木の横でいつの間にか眼鏡をかけて鞄から出したであろう資料を読んでいた。こちらも眠そうな様子はない。イリアーゼが近寄ると資料を鞄に片付けて向き直ってくれた。
「僕に何かご用ですか?先程からミリヤとゼンの方も見ていましたよね?」
どうやら資料を読みつつイリアーゼのことも見ていたようだ。
アレックスの眼鏡のレンズ越しに目が合うが、後ろめたいことがあるせいか目を反らしてしまった。
「用というほどでもないんだけど、何をしているのか気になったのよ。仕事の資料を見ていたのかしら?邪魔をしてしまったわね」
資料を見ていたのなら眠くなるのも近いだろうと思い離れようとするがアレックスに呼び止められてしまった。
「イリアーゼ様、お待ちください。」
「どうしたの、アレックス?」
「先ほど紅茶を飲んでいませんでしたね。」
一瞬ドキッと思ったが直ぐに冷静に返事をする。
「ええ、あまり喉が渇いていなくて、それに美味しい物ばかりでつい料理ばかり食べてしまったわ。」
「そうでしたか、最初だけ口をつけていた以外飲んでいなかったので心配しました。」
「水分補給は必要だものね。今は喉が渇いていないから次からは気を付けるわ」
(当たり障りなく会話できたわ)
「え?ああ、水分不足もそうですが、水筒に睡眠薬を入れていたでしょう?ひと口飲んだだけでは効き目は薄いのでそちらの方が心配だったのですが」
(…ん?なんて言ってるの?この人)
イリアーゼがアレックスの言葉に固まっているとアレックスは話を続ける。
「でもお腹が満たされたのなら、これから眠り続けても明日の朝までは起きることはないでしょうし良かったですね」
「ちょっと待って、…私が、睡眠薬を入れたの知ってたの?」
「いえ、紅茶を飲んだときに知りました。ああ、今回は一緒に飲んだのが僕たちだから良かったけど、他の人が飲むときは水筒に睡眠薬を入れたりしてはいけませんよ。眠ってしまいますからね」
(僕たちだから良かった?この三人睡眠薬に耐性があるってこと?…というか)
考えていたら頭がくらくらしてきた。心なしか視界が霞んできて足に力も入らなくて立つのも辛くなってきたイリアーゼは前に倒れそうになるとアレックスに抱き止められ支えられた。
「ああ、やっと効いてきましたか。ゼン、ミリヤ」
アレックスの二人を呼ぶ声がすると駆け寄ってきた二人に声をかけられる。
「お嬢様、良かった。安心してお休みください。」
額にミリヤの冷たくて気持ちいい手が当てられる。
「睡眠薬を自分で水筒に入れるぐらい眠かったんだろ?後は任せていいぜ、お嬢」
ゼンに頭を優しく撫でられる。
(なんで、どうして?)
この三人は…
「紅茶を飲んだ時に、…睡眠薬が入ってるって気付いたのに、なんで、皆そんな…、のよ…?…」
答えを聴くために起きていたかったのに、イリアーゼは眠ってしまった。
そんなイリアーゼが眠る前に見たのは、あの学園では自分に向けられたことのない優しげな笑顔だった。
イリアーゼが眠ったあと三人はイリアーゼをシートの上に寝かせて話し合っていた。
「しっかし、お嬢は本当に疲れてんだな…」
「そうね、自分の飲み物に睡眠薬を入れるのではなく、まさか水筒に直接入れるなんて…」
「イリアーゼ様が疲れている、という割にはゼンもミリヤも何だか不思議そうだね」
「まあ、睡眠不足はあると思っていたが、周りを気にせずにそんなことをするほどの原因が王子に婚約破棄されたことだとは思えなくてな」
「ええ、説得の時には初恋の人に振られたことを、と言いましたがお嬢様は学園にいたときに王子様を好きだったのかも怪しいですし。」
イリアーゼの学園生活で寮での世話係で入ったミリヤと護衛で時折様子を伺っていたゼンは考え込んでいた。
アレックスはそんな二人を見て馬車の中でのイリアーゼの夢の話を思い出していた。
(あの夢の話をイリアーゼ様は本当に起こることだと信じていた。それなら自分を断罪する相手など好きだとは思っていなかっただろうから睡眠薬を入れたのは自分が飲むためではなく僕たちに飲ませて逃げるためだ。イリアーゼ様が誤算だったのは僕たちに睡眠薬の耐性があったこと。まあ、例え耐性が無かったとしても四人でこの場で眠っていただろうけど)
「なぁ、ミリヤ俺はお嬢に睡眠薬を飲ませているところ見なかったんだけどいつ飲ませたんだ?紅茶に入ってるって気付いてから入れる暇なんてなかっただろ?」
ゼンが思い出したように聞いてくる。
「そういえば、僕もわかりませんでした。三人で片付けをしているときイリアーゼ様に睡眠薬を飲ませたことを聞かされただけですし」
そう言うとイリアーゼ様の髪に触れていたミリヤはなんともないように
「お嬢様のカップの取手とお皿にあらかじめ塗っておきましたの、お嬢様には睡眠が必要でしたから…手で摘まめる軽食ばかりにしてにしておいて良かったですわ」
そう言いながら、おしぼりでイリアーゼ様の手を拭いていくミリヤを見た後、ゼンとアレックスはなんとも言えない気持ちになった。
ストックがなくなりましたので次から更新遅れます




