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二人の従者の説得は森を抜ける直前まで続いた。
実際は現実だが夢で見たと事情を話していたアレックスに助けを求める目線を向けたがアレックスはイリアーゼの視線に気付かない振りをしていた。最もアレックスの意見は二人と同じだろうから味方には絶対にならなかっただろうが
「とにかくお嬢様!初恋の人に振られたからといって死んではなりません!」
「そうっすよ!だいたい王子が婚約解消の話を公爵に持ってこなかったのが原因だろ!」
「え?王子様は婚約解消の話を一度もしてなかったんですか?男爵令嬢と二人で行動し出したのも入学して一ヶ月もたたない間でしたよね?」
私の説得の話を聞いていたアレックスは驚いていた。
「そうなんだよ15才で入学して一ヶ月でだぜ?しかも2年後には男爵令嬢の家に頻繁に泊まっていたなんて目撃証言も」
「ちょっと、ゼン!」
「あ、悪いお嬢!」
ゼンに謝られるがイリアーゼはゲームのことを思い出していた。
(あ、確かにあったわ。お泊まりイベントかなり肌色の画面になってた。r15の乙女ゲームだったのに声もリアルだった。でも、全員攻略エンドでそのイベント出すのはかなり大変だったはず…あのヒロインやり手ね)
「お嬢?」
「え?あ、なんでもないの…そうね。もう遅いけど私も噂が流れていた時点でお父様に言えば良かったかもしれないわね」
「お嬢様…」
(でも、運命は変わらないのは知っている。だって今までそうだった。)
イリアーゼもずっと好きなように振る舞ってきた訳ではない。我が儘も言ってきたが公爵令嬢としての勉強は手を抜かなかったし何度かやっぱり死にたくないと思いイベントの回避を目論んでヒロインに接触しないようにしたが別の形で衝突した。
もう無理だと諦めたのは学園で取り巻き達が気持ちの悪い笑顔を貼り付けて私の自慢話を聴きたがるのではなくヒロインの悪口を私に聞かせてきた時だった。
その言葉はヒロインを攻撃しろ、悪役令嬢として動けと、この世界に言われているようだった。
その日は一人で自室で泣いて、腫らした目を誤魔化すために化粧を自分でした。
化粧箱の中に入っていた鏡に写るのはイリアーゼ
今日、この日ヒロインの邪魔をして死ぬ予定の
悪役のゲームキャラクター
「…私、教会についたら先にお祈りをしたいわ。ダメかしら?アレックス?」
教会の事を話題に出さなかったイリアーゼから要望があり三人は顔を見合わせた後、安心したように話し出した。
「かまいませんよ。今日は初日ですしお部屋の案内をしたら、イリアーゼ様も移動でお疲れになるかもしれないと自由時間となっています。」
「お嬢様、私もお嬢様に付き添いますので何かありましたら、おっしゃってください。」
「俺も公爵様が来るまで教会にいるので何かあったら呼んでくれ直ぐに駆けつける。」
「お父様が来るの?」
「ああ、王子のせいで話が出来なかったしな、今この件で城が大騒ぎしてるし2、3日はかかると思うが」
「そうなのね。お父様に会うの楽しみだわ」
気が付けば、追放先と思われる村がまだ遠いが目で確認できる距離にあった。
(もうすぐ教会に)
馬が一歩づつ近づいていく盗賊はまだ現れない。
(私、覚悟を決めたはずなのに、近づくにつれて怖くて堪らない)
呼吸が乱れそうになるのを深呼吸でゆっくり整える。
「お嬢様?具合が悪いのですか?」
「確かに顔色が悪いな」
ゼンとミリヤが心配している。この二人にだって私はたくさん迷惑をかけたのに、きっと優しい人達なのだろう。でなければ悪役令嬢の私の心配などしないはずだ。私は死ぬ予定だったから近くにいた使用人のことをあまり知ろうとはしていなかったのが悔やまれる。
「少し疲れているだけよ、心配ないわ」
イリアーゼはそう言うがよほど辛く見えるのだろう。ミリヤが提案する。
「お嬢様、村に入ってからも教会まで少しかかりますし、この辺りで休憩しましょう。私が水筒と軽食を持ってきています。」
「昼も過ぎてるしそうしようぜ、お嬢」
「イリアーゼ様、そうしましょう。急ぎではありませんし。」
ミリヤ、ゼン、アレックスに促される。
(拒否しても休憩させられそうね)
「ええ、そうするわ」
その言葉を聞くと馬を操っていたアレックスとゼンが近くにあった休憩に最適な場所で馬を停めて餌と水を用意している。ミリヤはその場にシートを広げて軽食の準備を始める。イリアーゼは日の当たらない木の影で全員に休むように言われてしまったので準備が出来るのを待ちながら考えていた。
(きっとこれが最後のまともな食事ね。牢獄で一人で食べた朝食が最後の食事にならなくて良かった。やっぱり皆で食べるご飯は美味しいもの)
この食事を食べたらこの三人から逃げよう。巻き込むわけにはいかない。私が逃げて行方不明になったら三人は責任を取らされるかもしれないから不可抗力だったことにするために持ってきてた睡眠薬を三人の飲み物に入れてしまおう。
ゼンとミリヤに会ったときに縄の他に密かに睡眠薬を鞄から出してポケットにしまっていたイリアーゼは睡眠薬を取り出して水筒を開けて三人がこちらを見ていない隙に入れた。
粉末状の睡眠薬はあっという間に水に溶けた。
「お嬢様ー!準備が出来ましたわ」
水筒の蓋を閉めた際にミリヤに呼ばれた。
「ええ、すぐ行くわ」
ミリヤがこちらに来ると睡眠薬を入れた水筒と荷物を持ってイリアーゼと共に準備が整っている場所に向かう。
そこには品よく並べられた軽食やカップがあった。
「美味しそう。またミリヤの作ってくれたお菓子が食べられるなんて嬉しいわ。」
「え!?お嬢様どうして私が作ったとわかったのですか?」
イリアーゼはたくさんある種類の中で小さなひし形のクッキーを一つ取った。
「どうしてって、このクッキーはミリヤが作っていたのと同じものでしょう?」
「…覚えていらしたんですか?一度しか作っていないのに」
「美味しかったからまた食べたくて料理長に言ったら形も味も香りも別のクッキーが出てきて、食べられるって期待してた分ちょっと残念に思ったのよ。料理長が作ってくれたのも美味しかったんだけどね。」
「そう、だったのですか」
「ええ、あの時と同じ味ね美味しいわ。」
イリアーゼは持っていたクッキーを食べるとミリヤを見て笑った。
「ありがとうございます。お嬢様にそう言って頂けて嬉しいですわ。」
そんなイリアーゼを見てミリヤも笑った。
「おー、相変わらず美味そうだな」
「ミリヤのクッキー懐かしいですね。」
ゼンとアレックスも合流してきた。
「二人はミリヤの料理を食べたことがあるの?というか、どういう知り合いなの?」
三人とも知り合いのようだがどういう知り合いなのかわからないイリアーゼは質問する。
「僕たち皆、同い年くらいで同じ施設で13才まで一緒に育ったんです。」
「まあ、幼なじみってより兄妹みたいな感じだな物心ついたときから一緒だしな」
「そうだったの」
遠慮のない言い方をしていた理由がわかった。
「お嬢様、紅茶をどうぞ」
「ありがとう。ミリヤ」
ミリヤに差し出された紅茶を受け取り口をつける振りをしてやり過ごす。
「はい、アレックス、ゼン」
「ありがとうミリヤ」
「おう、あんがと」
二人も受け取りミリヤも紅茶を飲んでいた。
(良かった。これで大丈夫)
その後はミリヤの作ってくれたクッキーや軽食を食べながらお喋りをしてすごした。
でも、美味しいはずの食事は時間が進むにつれてイリアーゼは味がわからなくなっていた。




