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お姫さま抱っこの状態で受け止められたイリアーゼは衝撃で頭がクラクラしていたが、なんとか名前を呼ばれた方を見るとアレックスがいた。
「…アレックス?」
「…よかった」
名前を呼び返すとアレックスは安心したような表情を見せて抱きしめる力を強めた。
「お嬢!ミリヤ!無事か!?」
「お嬢様、お怪我は!?」
呼ばれて隣を見るとゼンがミリヤを抱き上げていた。ミリヤは自分も落ちてきたというのにイリアーゼを心配して声をかけてくれた。
「衝撃で少し身体が痛むけれど平気よ。ミリヤは怪我、悪化してない?」
「足も挫いたようですが、なんとか」
ミリヤはそう答えるが痛みが酷いのだろう少し顔を歪めている。怪我を確認したかったが、いつまでもここには居れない。アレックスとゼンはイリアーゼとミリヤを持ったまま近くに待機していた馬でその場から急いで離れた。
「イリアーゼ様、ミリヤ、遅くなり申し訳ありません。」
「お嬢、遅くなって悪かった。ミリヤも」
「ミリヤが側にいてくれたから平気よ。それに外に二人がいてくれて良かったわ。お陰で私もミリヤも地面に直撃しないで済んだもの。」
「ええ」
ある程度宿泊施設から離れた場所で安全を確認し馬の移動速度を落としたところで二人に謝罪された。
アレックスもゼンもよく見ると服に赤い何かが飛び散ったようなシミが付いている。この状況からして二人もなにかしら巻き込まれたのは想像はできる。二人が外にいなければ今は何事もなく移動できているこの場もそうではなかっただろう。
「一応この辺りの奴らを片付けながら来たんだが人数が多くてな」
「ミリヤと私が宿泊施設で鉢合わせたのは7人だったけど、ゼンとアレックスはどうだったの?」
「7人もいたのか?俺はアレックスと合流する前に4人だな」
「僕はゼンと合流するまでは上司と第1王子とその側近の方と居たためか襲撃してきたのは10人です。ゼンと合流してからは7人です。」
「そんなに!?」
「私たちが会った者のみですし、この規模だとまだいる可能性がありますわね」
「宿泊施設から見た時は10人くらいだと思ってたわ。馬車だって一台だけだったのに」
「馬車ですか?」
「ええ、ほらあそこに…?無くなってる!?確かにあったのよ!上質な馬車が一台」
馬車があった場所を指差しして話すイリアーゼにアレックス達は顔を見合わせひとまず、人気のない建物の裏で全員は状況を確認することにした。
「そもそも、この状況はなんだ?盗賊が村を襲いに来たのか?」
ゼンが近くの扉が破壊された家や荒らされた畑を見て顔をしかめた。
「宿泊施設を襲ってきた者達はお嬢様を狙っているようです。」
「お嬢を?」
全員の視線がイリアーゼに集まる。イリアーゼは頷く
「ええ、母親が元王女で貴族の女、顔に傷が有るかもしれないことまで知っていたわ」
「確実にイリアーゼ様のことですね…気づかれましたか?」
アレックスからの質問にイリアーゼは顔を横に振る。
「この服装で気づかれなかったわ。村娘と思われて襲われかけたけど」
「なんだって!?」
「く、…!」
「……。」
ゼンが声を上げて、ミリヤが悔しそうに拳を握り、アレックスはだいぶ離れた宿泊施設を一瞥した。
そんな三人の中に流れる雰囲気に少し居心地悪いイリアーゼは、すぐに
「ぐ、偶然攻撃が当たってね。隙を見て逃げたらミリヤが助けてくれたわ!」
と、話し出した。
「そうか、…こんな状況になるとは思わなかったとはいえ、持ち場を離れた俺が原因だ。怖い思いさせてすまない。お嬢」
「怪我もなく無事だから平気よ………それに、これからお父様が来るまでゼンもミリヤも私の側にいてくれるのでしょう?」
「もちろんだ!」
「はいお嬢様!」
「お願いね。ゼン、ミリヤ」
イリアーゼが笑いかけるとすぐにでも宿泊施設に行ってしまいそうだった二人の雰囲気が和らいだ。
それを確認するとイリアーゼはアレックスに話しかける。
「アレックスごめんなさい。なんというか、巻き込んでしまって」
「いえ、本来の業務内のようなことですし問題ありません。」
「そうなの?」
「はい、…それよりも」
ゼンとミリヤが話していてこちらを見ていない隙にアレックスは、イリアーゼに顔を近づけ耳元に囁いた。
「今度はどんなことがあろうとも僕から離れようとしないで下さい」
「……」
アレックスがイリアーゼの前世の夢話を本当に信じてくれたのかはわからない。が、教会からの帰り道で心配していたと言ってくれたことを思いだす。
(離れなかったら、助けてくれるの?)
正直、イリアーゼは新聞を見て自分は助かったんだと思った。でも、この状況だ。それに今まで好きなように振る舞っておいてそんな虫のいい話が通るのだろうか?
ゲームの悪役令嬢のイリアーゼに救済など無かった。
きっとそれは私にとっても同じだろう。
好きなように振る舞ってきた私にきっと救済は
「…ない。」
「イリアーゼ様」
アレックスを見ていられなくてイリアーゼは目を伏せて告げる。
「離れないわ。」
きっと、アレックス達から離れても変わらないだろう。この状況は私が馬車から降りたことで回避できた運命が最悪の形でまた現れたのだ。関係の無い人を巻き込む気は無かっただけなのに
(私のせいでこうなったなら、もう逃げないでいよう。)
それが私ができる罪滅ぼしだ。
ここまで守ってくれたミリヤや心配してくれたゼン、アレックスの思いを踏みにじることになるが変わらない運命なのだ仕方がない。
助かると思っていた希望が絶望に塗り替えれて手が恐怖で震える。そんな両手を胸の前で合わせているとイリアーゼよりも大きなアレックスの暖かい手が震えるイリアーゼの手を包むように触れた。
「イリアーゼ様」
名前を呼ばれる。暖かいアレックスの手は心地よくてずっと触っていて欲しい。
だけど、このままではいられない。
「ありがとうアレックス。もう、平気よ。」
離したくなかったが自分から手を引っ込めてアレックスに礼を言う。
そんなイリアーゼに何か言いたげにアレックスは口を開くが近くでミリヤと話していたゼンから声をかけられた。
「もうすぐ目的地だお嬢、行けるか?」
「ええ、」
イリアーゼが応えるとゼンとミリヤ、イリアーゼとアレックスのペアで馬に乗り周囲を見渡して警戒しながら馬を走らせる。
しばらくすると村の外れにあった教会や宿屋とは違い村人の家がいくつか見えてきた。
しかし、この状況からか人の姿はなく昼間だというのに不気味なほど静かだった。
「他の村人は?」
「先程の宿泊施設の人質だった者を含めて全員が村長の家に避難しています。あちらです。」
アレックスに言われた方角を見ると他の村人の家よりも大きな家があった。
「お嬢、第1王子もそこにいる」
「……そうなのね」
(第1王子に会うのは不安だけど色々と問題だらけのこの状況の方を優先しないと)
イリアーゼは深呼吸すると馬から落ちないように抱えてくれているアレックスに話しかける。
「アレックス、ここまでありがとう。痛みも落ち着いたから歩くわ」
「わかりました。」
イリアーゼがそう言うと村長家付近で全員馬から下りる。アレックスが近くに馬を止める間、怪我をしているミリヤが自分で歩こうとしているのをゼンが抱き上げた。
「ゼンっ、下ろしなさい!」
「ミリヤ、貴女は怪我をしているのだからそのままでいて」
抵抗するミリヤにイリアーゼが声をかける。
「ですが!」
「ゼン。いいかしら?」
「任せてくれ。アレックス、お嬢を頼む」
「ああ」
いつの間にか戻ってきたアレックスはイリアーゼの側に寄り周囲を警戒する。
「ミリヤ、大丈夫だから…ゼンもアレックスもいるんだもの。村長の家に着いたら直ぐに治療してもらいましょう。」
「お嬢様、ありがとうございます。」
申し訳なさそうに礼を言うミリヤに笑いかけてからイリアーゼ達は第1王子のいる村長の家へ向かった。




