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「いやっ…!」
「お嬢様、どうかお静かに」
急に部屋に引きずり込まれたイリアーゼは声を出そうとすると口を手で塞がれて聞き覚えのある声で耳元に囁かれた。
「!…ミ、ミリヤ」
イリアーゼを部屋に入れたのはミリヤだった。ミリヤはイリアーゼを縛る縄を切るとイリアーゼに向き直った。
「お嬢様お怪我は…!?」
ミリヤはイリアーゼの顔と乱れた服を見ると顔が青ざめて口に手を当てて今にも泣き出しそうになった。
「お嬢様、…すぐにお側に向かえず、申し訳ございませんでした…こんな、なんとお詫びすれば、」
「怖かったけど無事に逃げれたし私は平気よ、ミリヤ」
イリアーゼはそう言うと、ミリヤの服がイリアーゼと同じように少し乱れていて着用していた白いエプロンには赤いシミが飛び散っていることに気が付いた。
(これって血!?)
「ミリヤ!怪我をしたの!?」
「私の血ではございません。」
「本当に?良かった」
(ん?なら誰の…!?)
イリアーゼは気が付いた。先ほどイリアーゼがいた部屋と同じ作りのこの部屋の奥、ミリヤの後ろにいくつか積み重なっている何かがあることに
そしてそれの下には赤い液体が水溜まりのように溜まっていた。
「…ミリヤ、そこのって…」
イリアーゼが恐る恐るそこに指差しながらミリヤにたずねる。
「はい、お嬢様のもとに向かう私を妨害してきた者たちです。」
「そ、そうなの」
イリアーゼの返事は少し裏返ってしまったがミリヤは気にすることなくイリアーゼの手を取りその場に膝をついた。
「この度のこと本当に申し訳ございません。これより…お嬢様!」
「え!?」
ミリヤの話の途中に部屋のドアが勢いよく開く。と、同時にミリヤに引っ張られたイリアーゼはミリヤの後ろに付く。
ドアからは先ほどイリアーゼを襲ってきた男たちがいた。
「おい!女!もう逃げられな…っぐは!?」
「なんだ!?どう…っぐ!?」
ミリヤは男たちを確認すると前にいた男に間髪いれずにナイフで切りかかり、怯んだ隙に顔面に拳を撃ち込んで沈めると後ろにいた男の鳩尾に身体全体で勢いをつけてナイフの柄で突いた。
その男たちは気を失い呆気なくミリヤによって倒された。
ミリヤはドアの外を確認して男たちを部屋の中に入れると持っていたナイフを持ち直してイリアーゼに向き直る。
「これより先はゼンが戻るまで私がお嬢様の護衛を務めさせて頂きます。」
「あ…、ありがとう」
素人のイリアーゼではまさに一瞬と表現するしかないほどの鮮やかな手つきで男たちを倒してしまったミリヤに恐怖なのか頼もしさなのかよくわからない感情を抱きながらイリアーゼはミリヤに礼を言う。
「手始めにお嬢様をこのような目に遭わせた者たちを探しだし…」
「あ、うん。その人たちがそうよ」
「まあ、そうでしたか……」
ミリヤの男たちを見る目は汚らわしい物でも見るかのようだった。
(そういえば、ミリヤは森で会ったときに小型の爆弾を所持していたり、兵士のアレックスや護衛のゼンと同じように睡眠薬に耐性があったりしたものね。訓練でも受けていたのかしら?でも、こんな事が出来るなんてゲームには記載されていなかったのに)
実はミリヤは、あの乙女ゲームの脇役で悪役令嬢のイリアーゼの手下として登場していたのでイリアーゼは初めて会う前からだいたい知っていた。
ゲームではミリヤはイリアーゼに命令されヒロインに不利になるよう動いたり時折、イリアーゼに虐められたりしていた。
すべての伏線を回収するハッピーエンドでは、イリアーゼに虐められ同じように泣いていたヒロインの涙にほだされてミリヤはイリアーゼへの恨みもあり裏切り、断罪イベントでイリアーゼの悪事を証言して一緒に断罪していた。
その時だってミリヤがこんなことができる描写は無かった。
「お嬢様?」
ちなみに、この現実ではミリヤをイリアーゼは貴族の令嬢の出来る範囲内での我が儘は言ったが虐めはしなかったのでミリヤは断罪イベントに参加していなかった。
(ゲームと違うことって今までもあったしこれもその一部なのかしら?)
「お嬢様」
「え!?あ、なに!?」
ミリヤに考え事をしていたら話しかけられた。
「私を見ながら固まっていらしたので…」
「ああ、ごめんなさい。ちょっと…ええと」
(ゲームの事を考えていたなんて言えない。)
「この様な状況ですし、お嬢様も不安なのですね。」
「そ、そうなのよ!」
(むしろ襲われて嫌な気持ちだったのにミリヤの事を考えていたら気が紛れてきたんだけどね)
「ゼンが出てから時間も経っていますし、そろそろ助けが来るはずです。それまでどうか」
「ええ。ミリヤありがとう。…そうだわ!ミリヤ私ね、部屋に居たときにここの入り口にこの男達の仲間が5人いるのを見たの。施設の従業員は3人捕まっていたわ。あと、馬が数頭に上質な馬車が1台あったわ…使える情報かしら?」
「お嬢様調べてくださったんですか?ありがとうございます。」
「といっても私が確認できた人数が合っているとは限らないし敵はもっと多いかも」
現在この部屋にいる男たちはイリアーゼを襲った2人とミリヤを襲った3人
「10人以上と考えていた方がよさそうですね。」
「ええ、それにこの襲ってきた男が言っていたのだけど、私を探しているみたいだったの。」
ミリヤに倒された男たちの一人をイリアーゼが指さす。
「お嬢様を?」
「元王女が母親だって言っていたし、卒業パーティで顔に傷が出来たという情報ももっているみたいだったわ」
「それは確かにお嬢様のことですね。」
「ええ、この服装のおかげで私がそうだとは気づかれなかったけど…」
「そうなりますと、無闇に動き回るのは危険ですわ。…ですが、こちらの部屋は少々狭いですし危険なので隣の部屋へ移動しましょう。」
「そうしましょう!」
主にミリヤによって倒された男たちの身体が5体も転がっているこの部屋から一刻も早く出たかったイリアーゼは直ぐに同意した。




