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イリアーゼは宿泊施設の窓から外を見るが村人の姿はあれど待ち人の姿は見えずため息を吐いた。
「アレックス達遅いわね。ミリヤ、ゼン」
アレックスが上司にここの場所を案内するために出て行ってから2時間ほど経っている。アレックスの話では上司はすでに王都を出ているということだったのに。
「そうですね。お嬢様」
ミリヤもアレックス達からの連絡があったのか確認してきたがなかったようだ。
「お嬢、俺が近くまで見てくる」
ゼンが先程まで読んでいた新聞をテーブルに置き荷物を持つとドアに向かう。
「ええ、お願い」
「おう、ミリヤ。お嬢を頼んだ。」
「わかったわ」
「ゼン、行ってらっしゃい。気をつけて」
「ああ、行ってくるなー」
イリアーゼとミリヤは部屋からヒラヒラと手を降って出ていくゼンを見送ると二人でテーブルの近くに移動する。
「あら、ポットのお湯がすっかり冷めてしまったわね」
「また沸かして参りますわ。お嬢様、こちらでお待ちいただけますか?」
「ええ、お願いねミリヤ」
ミリヤが冷めてしまったポットを持って部屋を出ていくのを見届けるとイリアーゼは窓際に近寄りまた外を見た。
(アレックス達何があったのかしら?話し込んでいるだけならいいのだけど…)
乙女ゲームの『キスと鐘の音』は魔法が存在する世界
そんな世界にはもれなく魔獣が存在する。もっともここ最近魔獣の被害は減っているようだが人の気のない場所にはいる。
(来る最中にあった兵士の訓練に使われている森にもしかしたら魔獣がいたのかしら?こんなに遅いと心配になってしまうわね。大型の魔獣とかに襲われてないといいけど…アレックスは兵士だし魔法が使えるみたいだから平気かしら?)
実は学園にいたときに乙女ゲームのイベントで大型の魔獣に遭遇したことのあるイリアーゼはそんなことを考えていると扉からノックが聞こえてきたので返事をする。するとすぐにミリヤがポットを持って入ってきた。
「お嬢様、アレックスから連絡がありましたわ。もうすぐ此方に到着するようです。ゼンとも合流するよう伝えましたわ。」
「そうなのね、よかったわ。」
この世界の連絡手段は手紙や魔法道具によるものだ。
普段は平民も貴族も手紙を使うが急ぎの場合は魔法道具を使う事がある。
ちなみに魔法が使えない者は前世でいう郵便局のような専用の施設に行って魔法道具を代理で使用してもらい連絡するため手紙を使うより少しお金がかかる。魔法が使える者はその魔法道具さえ持っていれば使えるが、その魔法道具自体が高価なので結局普通に施設に行くことが多い。
(昨日はアレックス魔法道具を持っていなかったようだし、上司の魔法道具を使って連絡したのね…でも、よかったわ。アレックスの無事を早く知ることが出来て)
ミリヤの言葉にイリアーゼは安心しているとミリヤは少し言いづらそうに言葉を続けた。
「ですが、アレックスから上司ともう1人別の人物が一緒にこちらに向かっていると連絡がありましたわ」
「あら?そうなの?」
「はい、こちらに到着しだいお嬢様とお話をしたいとおっしゃているようです。」
(私とお話?ミリヤの言い方からして両親では無さそうね)
「誰なの?」
「第一王子フェルディス様ですわ」
「フェルディス、様?」
フェルディスは元婚約者クラベリスの兄だ。
その二人はイリアーゼの母方の従兄弟でもある。
「どうして…フェルディス様が」
「どうやらお忍びで此方に向かっているようです。お嬢様、お会いになりますか?」
ミリヤに訪ねられる。本来なら王族が会いに来て断ることは無理だがイリアーゼが此処に居るのはその弟のクラベリスに追放されたからだ。ミリヤなりに気を使ってくれたのだろう。
「あまり会いたくはないけれど、王族の方を追放された人間が断る訳にはいかないわね…それに」
「それに?」
(貴女達に迷惑がかかるもの)
思った言葉を飲み込んでイリアーゼはミリヤに笑いかける。
「これ以上私を断罪する理由はないもの。大丈夫よ。」
「お嬢様…」
「ミリヤ、私は部屋にいるわ。フェルディス様がいらっしゃったらお願いね」
イリアーゼはミリヤを残して部屋に向かう。
(フェルディス様が此方に来る…どうして?)
イリアーゼは部屋のベットに座り考える。
「従兄弟だけど、正直話したことがあまりないのよね。兄様とは仲が良かったけど私が一緒にいた事なんて記憶を思い出して寝込んでた時にお見舞いに来てくれたときだけだし」
(…第2王子はお見舞いにも来なかったのよね。婚約者なのに…前世の記憶が無いときに婚約したといえど、私あの頃から嫌われてたのね)
などとイリアーゼが考えていると外から音が聞こえてきた。
(来たのかしら?それにしても騒がしいわね)
イリアーゼがベットから離れて窓辺に寄って外の様子を見ると驚きすぎて一瞬、言葉がでなかった。
(……え?…………なにこの状況!?)
窓の外、イリアーゼ達のいる宿屋の出入口に柄の悪そうな男たちとそれに比例する数頭の馬、そしてその中にあるには場違いな上質の馬車があった。
「え?、ええ!?なんでこんな?…!」
驚いていると部屋の外からバタバタと足音が聞こえてきた。時おり近くの部屋を乱暴に開ける音も聞こえてきた。
(まさか、外にいた男たちの?)
イリアーゼは思わず近くにあった枕を持って投げる準備をして窓の扉を開ける。と同時に隣の部屋の扉がガンッと音を立てて開けられるのを聞いた。
(来る…!)
イリアーゼは枕を構え、扉が開くと同時に相手の顔面を目掛けて投げつけた。