第五話 甲斐家とお隣さん
甲斐家は、かつては武士の家系だ。かなり高い身分まで遡る家系図も有った。
神奈川県某市の、住宅街に在る二階建て家屋。築十年。徒歩圏内に色々有る。
駅、大型商業施設、スーパー、コンビニ、図書館。陽当たりも良く、立地は、かなり良い。
田舎暮らしに憧れ、隠居した父母が息子夫婦に譲った家だ。庭には、桜の樹が一本。駐車スペースも有る。
今の世帯主は、中学校の歴史教師、甲斐 秋一。
妻は、大恋愛で結ばれた幼なじみの後輩、蛍。二人ともに若い。
この度、男の子『空』を授かった。
病弱だった私は、出産退院後、健康。
私の記憶に、幼少期から今まで、こんなに体調の良かった事は?
食事の支度、お洗濯、掃除。今までは少しずつしていた事が、今では思い通りに。秋一さんのお世話が出来る。
心配されて、夜の営みは無い。寄り添って寝るだけで幸せ。
でも、もしも二人目が授かるなら・・・
「空ちゃん、可愛いすぎますね〜」
目を細めて、ベビーベッドに横になる小さな赤ちゃんを眺める。
天井に吊るした、回転するベッドメリーを追っていた優しげな瞳に、小さいが整った顔立ち。
皆、私に似たと言ってくれる。
眠り、お乳を飲み、おむつ替え、泣く。
今は、ジッとテレビを見ている。幼児向け番組を一緒に見る幸せを噛みしめる。
この子が、秋一さんが見ている難しい教育番組を見て、何やら声を出している時は、我が子を観察。何故か内容が分かっている様な仕草をしていて。
私もこの子も、出産時はもう助からないと言われたと、後に教えられた。私も察していた。
お医者様が、匙を投げた。良く助かったと。
手をにぎにぎ空ちゃん。私の手に触れる、小さい手は温かい。
私は、笑顔が止まらない。
「まあーっ」
空ちゃんも笑った。可愛い声。
テレビでは、小さな男の子が、パジャマを着ようと頑張っていた。
空ちゃんは、それを見て真似たのだろうか?パジャマをペタペタと触っていく。
秋一さん。夕方、仕事を終えて帰宅。
「ただいま帰りました〜」
「お帰りなさ〜い。お疲れ様です。秋一さん」
買い物は、ここのところ秋一さんが買って出てくれる。優しくて頼りになる。
夕食は少し遅めになるが、家族団欒。今日も秋一さんと私は空ちゃんにデレている。
チャイムが鳴った。
「?」
来客。誰だろう。秋一さんが、インターホンでどちら様と尋ねる。
モニターに二人の女の子が映る。
「あ・・私、隣に今日、越して来たケル・・」
背の低い子が、話していた子の服を摘んで。
コホン。可愛らしい咳をして、言い直す。
「阿刀羅と申します。ご引っ越しのご挨拶に伺いました」
玄関を開ける。
モニター越しでない生身の少女。
烏の羽の様な艶めく黒髪を腰まで伸ばし、カモ柄ミリタリージャケット、細身のスキニージーンズを着こなす少女は、桜の樹を見ていたが、秋一に視線を定める。
その隣、黒猫を抱いた青みがかった銀のミディアムヘアに、白いワンピースのまだ幼さの残る少女。
息を飲む。蛍の他に女性は要らない。僕は一筋。けど、凄い。美少女達だった。でも、この子。
「秋一さん?」
空をベビーベッドに置いて、玄関を覗きに来た蛍を見て、美少女達は花が咲いた様に、優しく微笑む。
「こんばんは。夕方の御団欒中に、ごめんなさい。初めまして。隣に越して来ました・・・阿刀羅・・・桜です。よろしくお願いします」
阿刀羅桜こと、ケルベロスちゃんが、親愛の情を込めて、綺麗にお辞儀した。
「妹のファウナです。よろしくお願いいたします。ささやかではございますが、引っ越しのご挨拶に・・・」
猫を抱いていた少女は、どこに持っていたのか、お蕎麦の乾麺の入った箱を取り出した。