第三話 黄金扉《ハーデスゲート》
ケルベロスちゃんを、先ほどの犬系の猛獣の姿が一瞬オーラとなって包み込み、そして、具現化する。
全長20メートルの冥従神ハーデス。巨大な装甲を纏う獣人型の機械が覆う。まるで狼と人の特徴を合わせた人狼の様なフォルム。
この輝く程の神威。オリハルコン製だ。
「この機械仕掛けの出来損ないめ!」
吠えて、ケルベロスちゃんのハーデスが、唸りをあげて空間を駆ける。一気にデウス・エクス・マキナ、もうマキナで良いや。に襲い掛かる。
「笑止・・。我を・・出来損ない・・とは・・その冥界の・・番人、冥従神・・ハーデス・・誰が・・創った・・と・・思うか・・!」
話しながらも、中空に浮いたマキナの両手に光が灯り、ハーデスの剛腕、鋭い爪の連打を光が受け止める。
余波が大気を、大きく振るわせ、人工湖に細波が起きる。激しさを増していく。
(従神機械化兵は、SSR級の神に匹敵する権能を与えた機械装甲。
確かにマキナが創造に携わったが、権能を与えたのは僕達七神だ)
(ケルベロスちゃんのハーデスと、マキナの神力は、巨大なハーデスが上。質量の違いで行ける。
・・・・・・だけど、そんな事はマキナも分かっている筈?)
「あれが従神か・・・」
皆の視線が、暫し冥従神ハーデスの威容に注がれる。
「凄いな、あの竜王より脅威だ。だが、まずは」
「・・・・・・クリムを洗脳するとはな! メティス! そんな事をしなくても一対一だ!」
(この子は・・・・・・)
「ライオス。洗脳とかしていないからね。それに、君はそうかも知れないが、あの騎士は。勘違いとはいえ目的達成の為なら、神殺しの泥も被るだろう」
ライオスが、メティスのその言葉に、アドニスをチラリと見やる。
(友よ・・・)
騎士を見るライオスの表情に気遣いが見える。
純白の翼3対を拡げ、クリムが力を開放する。
アドニスが、それを睨む。ドラゴンを貫いた騎士の剣が守護天使には届かない。
斬撃は、クリムを護る透明な壁の様なものに弾かれてしまうのだ。
だが、慌てずにクリムに呼び掛けた。
「貴女は本当に冥界神に洗脳されているのか?」
「今、この現状では貴方と私の夫こそ、騙されていると言えるでしょう」
「何と・・・」
ライオスの振るうのは青い魔力光を帯びる幅広の長剣。ブロードソードだ。
メティスの持つ紫色の光の軌跡を残像に残す剣も、やや細身のブロードソード。
ライオスの剣と打ち付け合う。
突きの連打を繰り出し、接敵。すれ違いざまの斬撃。跳躍し、振り下ろし。
迎え撃つ振り上げ。
互いに相手の攻撃を薙ぎ払う。交差し、硬質の金属音と魔力の火花を撒き散らす。
広大な神殿が見えるその地は、神聖な光に照らされている。
二人とも、要所要所では、牽制の為、誘いのフェイント等も入れてくる巧みさだが、かからない。
未だ双方無傷。
(メティスの技量は、素晴らしい物が有る)
アドニスの目にそう映る。そして、この一対一は正々堂々と繰り広げられている。
アドニスが疑心暗鬼になって行くのが、クリムには伝わった。
一対一の攻防が3か所で続く。どれも一騎打ちだが、機械仕掛けの神だけは、ケルベロスちゃんのハーデスに、圧倒的に押されつつも、何かを企んでいる気がする。
小さな機械音がカチカチと鳴り、その時を刻む様な音は何かをしている。そんな錯覚。
初めに、アドニスが闘いを辞めた。クリムに剣を向ける事は、友人に剣を向けるという事だからだ。しかも、クリムの容姿は美しい少女。騎士が、剣を向ける相手ではない。
それに、デウス・エクス・マキナはライオスの知恵袋になって行動を共にしていたが、無機質で、何を考えているかが分からない。正しいのかどうかさえ、神の言う事と疑問を挟まなかった。
だが今、その我々が、同じ神の一柱、メティス神の言葉を完全に否定してしまっている。クリムには、騙されていると言われた。
(自分もライオスも、機械仕掛けの神を妄信してしまっていなかったか?)
アストレア王国のクリストフォロⅡ世国王夫妻が亡くなった時、暗殺者の仕業だと知らせてきたのも機械仕掛けの神。他には誰一人、目撃者がいない。
その場にいた者は全滅していた。機械神を除いて。
(違和感が・・・)
ライオスは強い。追い詰められれば、こんな物では無い。
だが、流石、冥界を統べる神メティス。古の大魔王等を封じる神というのだ。ライオスを殺さずに制圧しようとしている。
しかも、全然本気を出していない。
(私とライオスの2人掛かりでも・・・これは無理だ)
「ライオスよ!」
アドニスがライオスに呼び掛ける。
ライオスにとっては余裕の無い闘いだったが、メティスが空気を読み、2人は間合いを取った。
「何か友よ」
「我々は勘違いしているのでは無いだろうか? メティス神が、そなたの妻クリム殿を洗脳しているとは、誰から聞いたのだ?」
「・・・我が知恵袋デウス・エクス・マキナ様からだ」
話を見守っていたメティスと、クリムには全容が見えてきた。やはり機械仕掛けの神の暴走。
ライオスも事ここに至って黙考した。顎に指を添える。
優勢だった筈の、ケルベロスちゃんの駆るハーデスがその時止まった。
「シークレット・・コマンド・・入力・・強制・・停止・・。」
機械仕掛けの神がにやりとした様な、その呟きに、ケルベロスちゃんの冥従神ハーデスがかき消え、操者ケルベロスちゃんだけが中空から降り立つように残った。
「え?!」
ケルベロスちゃんが、瞳をパチクリさせる。この良く分からない状況で、一瞬無防備になった。そんな彼女にスローモーションの様に、機械仕掛けの神の体から槍状の仕掛けが襲い掛かる。
その攻撃。実際は速かったが、先ほどまで3者3様に超絶した戦闘を繰り広げていた皆の驚異的な練度が、時を切り抜いた様なスローモーションに感じさせていた。
ケルベロスちゃんとて弱くはない。
だが、ケルベロスちゃんには、その身体能力を大きく引き上げていた冥従神ハーデスが、今は無い。一瞬の自失。
「ケルベロスちゃん!」
メティスだけが動けた。
ケルベロスちゃんを庇い抱きしめ、同時、神威で結界を張る。ケルベロスちゃんは僕の腕の中で、呆然と僕を見た。
「・・・。・・・メティスさま?」
結界の魔法陣が幾重にも輝く。轟々と、マキナの槍は結界を貫通して行く。
防御が間に合わない。
槍が刺さり、血に染まっていく僕の胸を見、僕の顔を見、ケルベロスちゃんの目が恐怖に見開かれた。
「ひっ! きゃ~~~っ!!! メティス様っ!! メティス様っ!! 嫌だ!! ~~~~~っ!!!」
ボロボロと涙が溢れる。
「冥界神・・討ち・・取った・・」
クリムが息を飲む。
アドニスも不信感を大きくし、デウス・エクス・マキナの槍を剣で斬り落とし、機械神を遮り、メティス神と抱き合うケルベロスちゃんを護る。
ライオスは、混乱している。だが、ここに来て友人らのお陰で彼の判断力は戻った。
「智慧の神よ。騙したのか?」
「・・冥界神の持つ・・大量の・・オリハルコンと・・神器、魔導具・・それさえ有れば・・・仲間を創って・・世界を改革出来る。神々の・・終焉」
「・・我に従え・・ライオス、アドニス。守護天使長クリムよ・・。神々の創った神聖魔法を知るには・・お前も必要だ・・。機械の国にも・・神の血と、天使の血、人の血は残してやる。動物園の様に・・な」
マキナの会話が、目に見えてややスムーズになった。
クリムが唇を噛む。
「そんな事を、考えていたのですか。デウス・エクス・マキナ様。貴方様も神々の一柱なのに」
機械神VS守護天使長、騎士、半神の英雄。
交戦を開いた。
やはり守護天使長は伊達ではない。加護の力で、騎士と英雄が振るう剣が数段力強く、驚異的に速くなった。
ライオス、アドニスの2人掛かり。
機械神が、先ほどケルベロスちゃんと闘っていた力量だったら倒せそうなのだが。
2人に加護を与え、クリムは、メティスとケルベロスちゃんに駆け寄った。ケルベロスちゃんは動転している。
(メティス様という本当の神を討って、機械神の経験値が上がってしまった。3人で倒せるかは、やってみないと分かりませんか・・・)
ケルベロスちゃんは泣きじゃくり、嗚咽が止まらなくなっていた。大事な人を抱きしめているのに。メティスの傷は致命傷だ。
「!! ・・・?! ち、治癒の魔法を使おうにも、神威を帯びたこの槍が抜けません!!」
クリムの言葉に、ケルベロスちゃんは混乱している。
「恐らく機械仕掛けの神を倒せれば・・・ケルベロスさんが立ち直れば四人掛かりなのですが。」
クリムのその声に、答えが有った。
「・・・時間が無い。ふぅ〜・・・機械神、これ程とは。僕は死ぬか」
「・・・ハーデスゲートが開いて、冥界から大魔王達と、悪魔が解き放たれる。まさか、扉の閂たる僕が死ぬとは。」
「君達が、例え亜神を倒せても、その後の混乱、魔王の軍勢には到底太刀打ち出来ない。天国から増援が有っても間に合わない。」
喋り続けるメティスに、ケルベロスちゃんがすがる。
「・・・特に、レベルが足りないと、人は、憑依されるよ」
力を振り絞り、区切り区切り告げる。
「・・・メティス様。申し訳ありません。私たちが来てしまったばかりに・・・」
(この娘達は、美しいなぁ)
死を間近に感じる。
(だけど、機械仕掛けの智慧の神。冥界の宝が目的でも、僕が譲らない限り、僕から宝は離れない。君には教えてなかったね)
心の中で付け加えて、ちょっとだけ胸が空く。
でも、ケルベロスちゃんが泣きじゃくっている。僕も泣ける。
(この世界は救いたいが、無理だ)
ケルベロスちゃんの涙を、震える手で拭う。
(今は。最善を尽くすしか無い)
「・・・クリム。ライオスとアドニスと逃げて。聞いて。この空間と地下108階層を繋ぐ神聖魔法陣は、守護天使長の権限でフリーパス出来る」
「「「メティス様!」」」
「メティス!」
神と眷属と天使は、3人ともお互いを見やり、悲しみ、泣いている。
騎士も男泣きしそうだ。英雄も、痛恨の表情に顔を顰める。
もはや、メティスという神の優しい心根に、疑いの余地は無い。身を挺して眷属を守り、原因を作った愚かな自分達まで逃そうとしてくれる。
メティスの存在感が薄れていく。焦燥を感じる一同。機械神は、ただ、カチカチと、時を計っている。
「神聖魔法陣なら、創り物の亜神マキナでも、魔王達でも攻略には時間がかかるはずだよ」
一息吐き、
「神々に、特にクラトス神と、僕のもう一柱の眷属、月の女神アスタルテに救援を求めなさい。
くっ・・・・・・」
血を吐く。咳き込む。
「あ、あ」
ケルベロスちゃんが動揺してしまう。
「・・・・・・マキナがやった従神の欠点も伝えてね。そして、近隣の住民に避難を呼びかけて下さい」
目を閉じる。
「~~~~っ」
ギュッと手を握りしめられる。
「メティス様は?」
「死は終わりでは無い。転生するよ」
特に2人の乙女の顔に、ホッと、わずかに希望が宿ったのが見える。
(だが、庇護も無く転生したのでは・・・。これだけの敵対勢力の集結。神々でさえも滅ぶかも)
「・・・ケルベロスちゃん」
語り掛ける。目がかすんできたし、痛みと疲労感で、今にも消滅してしまいそうだ。
「今から、僕の最期の術を使うよ。一緒にいてくれる?」
僕を見つめ返したケルベロスちゃんが、僕の言葉に、大きく何度も頷いた。
僕の身体に残った最期の力。
僕は冥界の神。権能は生と死に密接に関わっている。
勿論、転生術にも。この不完全な状態で僕がやる術とは・・・。
(ケルベロスちゃんも、絶対に置いては行かない)
微笑む。途切れそうになる力を奮い立たせる。
「ケルベロスちゃん。僕、頑張るね」
強くすがる様に手を握られた。僕と、ケルベロスちゃんを神秘の光が包み込み、浮遊感と共に虹色の光となり輝いた。
それは一気に収束、消失。包まれていた二柱は、この空間から消えた。正確には、この球状魔法世界〈ソーサリースフィア〉から消え失せた。
人工湖の中、巨大な黄金の扉が、ゆっくりと開き始めた。