第二十八話 剣道部
都心の住宅街の坂を登った先に在る学校。中学と高校、大学の校舎とも併設されたそこは、校庭は狭く、校舎も年季が入っている。
戦前から在る歴史を持つ学舎。
新設された一棟の別棟に、学食、体育館、剣道場、柔道場が一つに纏っている。
武道に力を入れている強豪校が、ここ立帝大学附属立帝中学校。
剣道部も、全国大会の常連。部活の厳しさは、学校内外で有名だ。
でも、部活を辞める者はほとんどいない。
先輩達の圧が強い所為もあるが、今、この中学と高校の剣道部を指導する先生は、全日本剣道選手権大会を優勝した錬士6段の資格を持つ人だ。
剣道場。正面と、神前に一礼して入る。先に来ていた先輩達に挨拶する。
霧谷 士涼は、中学2年。このゴールデンウィーク中も、部活に来ている。
先日、藤林 真白に再会し、振られてしまった。
(真白ちゃん婚約? まだ、中学生じゃないか。相手はどんな奴なんだろう)
士涼にとって、真白は初恋の相手だった。小学生時代、クラスメイトに揶揄われてテンパったとはいえ、何であんな酷い態度をとってしまったのか。
汗の匂いが染み付いた剣道着を着る。そろそろ洗った方が良い。防具は、もっと臭うのだ。
部室をノックする音。
「はい?」
「今、入っても大丈夫?」
「うん」
扉を開け、女子部員が入って来た。
「霧谷君」
「鳴海おはよう」
「おはよう♪ 防具取りに来た」
「そっか」
「最近、霧谷君凄いよね。高校、大学の先輩も、OBも、霧谷君には勝てないんじゃん。全国大会経験者なのに」
そう。ゲームのフィードバックは、士涼にも起きていたのだ。真白を悩ませたフィードバックに、だが士涼は。
「うーん。でも、先生からは一本も取らせて貰えん」
上には上がいた。
「甲斐先生。流石だよね。ご先祖が戦国時代、武田信玄に仕えていたんだって聞いたよ」
「ああ、カッコ良いよな」
「うん。でも、士涼君もカッコ良いよ」
「!?」
「・・・・・・私、士涼君の事好き」
霧谷 士涼は、優しい、カッコ良い、強い。かなりの好条件を備えている。
「俺、なんか」
かつて真白の心を傷付けてしまった後悔に、奥手になっている。
自分から、告白したのは、先日の真白にだけ。
「私、士涼君が良いの。お願いします」
「・・・・・・」
今迄も、告白された事は有った。でも、真白への未練から断っていたが。
鳴海は、女子部員の中で、剣道に打ち込んでいる姿勢。フレンドリーな性格。それに美人だ。
真白に雰囲気が似ている。
「うん。こちらこそ、よろしく」
「!」
コクコクと頷く鳴海。
2人は頬を染め、見つめ合った。
板敷の道場。軍神、鹿島大明神。香取大明神の掛け軸。神棚。太鼓。風林火山で有名な孫子の旗。
独特の空気。防具。竹刀。
その日、士涼は男子の先輩、同級生、下級生、稽古を付けに来てくれたOBに、目の敵にされ、練習中、激しく攻められた。
女子部員から、霧谷と鳴海が付き合い始めたと伝わってしまったからだ。
鳴海の人気の高さ。男子の嫉妬。
いつも以上に熱の有る稽古に、女子部員達が熱っぽく見つめている。
「良いな。小夜〜。霧谷君、今迄、彼女作らなかったのに〜。小夜の人気も凄いじゃん! 男子達、阿修羅の様に霧谷君に向かって行く。やばいね」
「えへへ。でも、士涼君の逆撃を貰ってるね」
鳴海 小夜が照れて微笑む。
「小夜も、彼氏作らなかったのにね。何で今日だったの?」
「勘」
「お前、ニュータ○プか?」
「私語止めろ〜」
高校生の男子。剣道部部長の指摘に、頭を下げ、稽古に戻る。
試合の様な地稽古が始まった。
士涼は竹刀を持って相対し、駆け引きを楽しみ、散々に返り討ちにした。
「! 強くなったな。士涼! お前の面が、一番痛い」
「ありがとうございます」
部長との対決も士涼が勝った。
男女混ざっての地稽古で、紺の剣道着の霧谷 士涼と、白の剣道着の鳴海 小夜が相対した。
互いに、スピード、技、力、駆け引きを間近に感じる。
頬が紅潮する。
(嬉しい! 私も士涼君みたいに、強くなりたい!)
憧れ。鳴海 小夜は目で、身体で、空気で、彼の技量を感じ、自分に取り入れて行く事になる。
恋人達は、2人の世界を楽しんだ。
向かう所敵無しだった士涼に、今日も最後、顧問の先生が立ち塞がる。
中心の取り合い。足運び。鍔迫り合い。攻めと、受け、応じ技。フェイント。
周囲から見れば、凄い勝負だった。
だけど、まったく態勢を崩せない。隙を作ってくれない。
やっと、隙が出来たと思い、決めに行くと、それが誘いの罠。返し技で、討ち取られた。
(流石!)
中学生と大人で、竹刀の長さが違う事も有るが、完敗だ。
因みに中学生は3尺7寸114cm以下。大人は3尺9寸120cm以下の長さの竹刀と決まっている。
「霧谷。相手の誘いに気を付けろ。だが上達したな。良い剣だった。これから経験を積んで行こう」
「はい! 甲斐先生! ありがとうございます!」
甲斐 秋一先生。
病弱だった妻が健康になって、彼はこの学校で歴史教師と、剣道部の顧問を兼任している。
甲斐 蛍の夫で有り、空の父。彼は、剣の天才だった。
フィードバックを起こしている士涼を、実力だけで倒せる。
そんな彼は、記憶乙女から先日、息子、空の前世の記憶と、世界の危機を知らされたばかり。
まるで、アニメ。でも、信じられた。その現実に、彼は大事な、妻と息子をこの手で護る事に決めた。
見せられた記憶の中には、ゲーム中で実力を付けた教え子、霧谷もいた。
〈ソーサリースフィア〉。
ゲームの名前。そして、異世界に同名の世界が在る。
ゲームでは素人の秋一は、何処まで強くなる事が出来るだろうか。一度は日本一になった剣士が、動き出すのだった。




