第二話 英雄一行
目の前の人々を見る。冒険者の一行。多様な装備の男女が4人。
屈強な戦士は、一見すると若い人族の男。金髪で、気が強そうな精悍な顔立ち。
金属製の胸当てと、肩当だけの軽装に、腰に剣を提げている。
純白の三対の羽を持った、美しい天使の少女もいる。ふわりとした白い無地のドレス。
アストレア大陸中央部に位置するアストレア王国の紋章が入った緋色のマントに、白銀の鎧に身を固めた騎士は、シルバーブロンドの髪型を、オールバックに撫で付け、口髭を蓄えている。
これも若く、知的な人族の男。
・・・そして、歯車の機械仕掛けで出来た不思議な動く金属製人形。
人間の成人男性ほどのスケールで出来ている。
(戦士の動機は、見ただけで瞭然だ。死後の世界を司る僕を、悪と決めつけている。心外だ)
(騎士は、兎も角)
(守護天使長クリムと、機械神デウス・エクス・マキナは、何しに来たんだ)
黄金の扉の奥。
『冥界』には、封印しなければならない魔王とそれに連なる悪魔達、魔人を閉じ込めている。
地上人でも、転生を許されない大罪人を送った事も有った。
悪に染まった魂を、浄化する。この為に冥界は創られている。
その冥界の王が僕。名をメティス。
「冥界神メティスよ! 貴様、死にたくなければ、死者を開放しろ! この死神め! そして死者から奪った金品も地上に戻してもらおうか!」
戦士は喧嘩腰。紅茶どころの騒ぎでは無い。
彼の名も知っている。騎士以外、全員、天界に所縁が有るのだ。
ケルベロスちゃんと焼いたマドレーヌも淹れたての紅茶も美味しいのに。天使クリムは美味しそうに食べてる。
「ライオス。英雄神ウラスの子にして半神の英雄よ。私は君の救世の偉業を知る者だし、君の父とは友神だ。君は何か勘違いをしている」
「黙れ! 貴様が、父と友なはずが無い!」
「メティス様を貶めるか。・・・・お前こそ、殺してやる。」
美しい容姿の少女の怒り。瞳の色が、黒色から、仄青く灯る。彼女の姿が巨大な犬型の猛獣の様な気に包まれかける。
「やめなさい。ケルベロスちゃん。冥従神はいけない。ちゃんと話し合おう。守護天使長クリム。貴女も僕が悪だと言うの?」
「滅相もありません!夫にも言って聞かせたのですが。・・・普段は聡明なのに、今回に限り私が洗脳されていると、強く言い張ってしまい」
「・・・夫?」
その言葉に驚く。
「はい。私は、神と人の子である英雄ライオスと結ばれました」
表情の余り顔に出ない美しい天使の少女が、冷静に告げる。
「ほう。それは・・・おめでとう。気配が無いけど、今日、貴女のブリジットは?」
「私の聖従神は、クラトス様にお預けして来ました」
(良かった。この娘は話が通じる。だが?)
「クラトス、ようやく消息が知れた。元気にしてるの?」
「はい。」
「後で詳しく聞かせて。アストレアの騎士殿。貴方は如何なる要件が有って参られた?」
アストレア王国は、この大陸の名の元になるほどの列強。地上で3強の一角に入る強国だ。
その騎士団も勇猛で名を馳せるが、この騎士のレベルはそんな次元に収まらない。
「・・・亡き国王夫妻を返して戴きたい」
「暗殺されたと聞くクリストフォロⅡ世と、その妃パオラか?」
「いかにも。それが叶うならば、私は何でもする覚悟」
僕は、悲しげに騎士を見た。国内の行幸中に敵国の刺客に暗殺されたとされる国王夫妻。
「2人とも、この冥界には居ない。天国に昇っているよ」
「・・・それを信じろと?」
「今に転生して来る」
(この騎士は善良だ。天使クリムも問題ない。問題はライオスか)
(だが、世界中で魔物や、戦争で苦しめられている人々を救って来たライオスともあろうものが、こうも短絡思考とも思えぬのだが)
「メ・・ティ・・ス・・神よ・・・」
「デウス・エクス・マキナ」
「冥界・・に囚われている・・人々とは・・如何に?」
(? 助け舟かな?)
「かつて神々と争った四大魔王や、大悪魔、魔人。そして、天国にそぐわない残虐な心根を持った罪人達だ」
「冥界・・神・・の・・財宝・・とは?」
「うん? ・・・冥界の番人を務める僕だが、この冥界で産出するのは、宝石や金銀、オリハルコン、ミスリル銀、希少な鉱物。それらを元に骨董趣味で私が集めたり、創った神器や武具、魔道具。私の宝物庫にはそれらが幾らでも眠っているが」
「それを・・我々・・に・・譲る・・気は・・有るか?」
金属で出来た2対の水牛の様な角に、同じ鈍色に光るフレーム。目は2つのクリスタル。その中で明かりが灯る様で、時代の先を行く様な歯車で創られた機械仕掛けの神が小さく、
「オリ・・ハル・・コン・・」
と、呟いた気がした。
「世の救済の為に宝が必要か? この冥界まで、生きたままやって来た褒美に幾何かは進呈しよう」
黒マントの下で胸を張り、腕を組む僕。
機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナは、神造の亜神とはいえ、智慧を司る神の一柱だし、守護天使長クリムも地上を守護するに足る力ある天使長の1人。
だが、半神だが半分は人の血を引くライオス。
そして、騎士アドニスは全くの人間。その類まれな武勇。冥界神として、ここまでやって来た褒美はやろうと思う。
「・・・。・・・。・・・。幾何か・・」
機械仕掛けの神の、何かを計算する様な機械の駆動音と、暫くの沈黙。そして。
「ライ・・オス・・。アド・・ニス・・。騙され・・るな・・。メ・・ティス・・は、悪の神・・だ。我々を・・謀って・・いる。善良な・・魂を・・魔王・・悪魔・・魔人・・とは。片腹・・痛し・・。クリスト・・フォロ・・Ⅱ世・・、その妃・・パオラ・・居るぞ・・あの・・扉の・・向こうに」
「「デウス・エクス・マキナ?!」」
ケルベロスちゃんと、天使長クリムが、驚きの声を上げる。
(驚いた。神に対する創造物(機械)の反乱か)
だが、納得も行く。誰も信じていなかったが、ある神によって、この可能性は指摘されていた。
(神々の黄昏。どの世界でも、神話時代の終わりはいつか来る。時には神が殺される事もある)
(人間、亜人、精霊、妖精に世界を引き継ぎ、次の世界を創造する我々)
(だが、科学の化身で在るこの機械神は、神の智力を超えたと、自らが判断した場合、神々に反逆を起こす可能性があると。・・・流石にクラトス神だなあ)
ライオスと、アドニスは即座に立ち上がり、剣を抜いている。
どちらも魔力を帯びた相当の業物。相当血を吸って来た名剣だろう。何せ、ほぼ2人だけで魔物、魔獣達をここまでバッタバッタと屠って来たのだから。
この2人が振るえば、神とも良い勝負をしそうだ。
仕方なく僕も神剣を召喚し、鞘から抜いた。鍔と護拳で守られたグリップを握る。剣先をライオスに。
「大切な部屋だ。とりあえず出なさい」
扉を指さすと、異存は出なかったので、魔法で全員を転移させる。
神殿の外の広い空間へ突然場所が変わる。
周囲を見て驚く英雄一行。
「良いでしょう。・・・ケルベロスちゃん。デウス・エクス・マキナを取り押さえて!クリム。騎士アドニスを1人頼める?」
「はい! メティス様!」
微笑むケルベロスちゃん。
(可愛い)
「こんな羽目になり申し訳在りません。メティス様!
アドニスは夫と私の共通の友人。分かって貰います!」
クリムも応える。