第二十五話 孔雀石《マラカイト》
霧谷 詩歌の杖が、召喚したのは幼い少女の幻霊。
記憶乙女だった。
「だ、誰?」
空とケルベロスちゃん、ファウナには、もう馴染みのある。
詩歌と真白、桜姉妹には、初対面の幻霊の登場。
「アーカーシャ。聖杖アヴィリオスに宿っていたんだね」
「は〜い♪ 空様! 分体が宿ってますよ〜♪」
その登場、容姿は目を引く。
だけど、詩歌と空の他に、幻霊に注意を払う者はいない。
何故なら、その時。
空の瞳が仄青く灯り。少女達は。
「空君〜。皆んな〜。おやつよ〜♪ 」
(!?)
部屋をノックしたのは甲斐 蛍だった。
部屋には、ソーサリースフィアの職業姿で、武器迄持っている一同。
小学生の部屋。ドアに鍵が有る筈もない。
息子に良く似た可愛らしい蛍は、フィナンシェと紅茶の乗ったトレーを床に置いてから、もう1度、開けて良いかと問いかけ。
「?」
暫く返答を待ち、座ったままドアを開けた。
息子と抱きしめ合う美少女達を、目撃。
は、しなかった。
「え?」
部屋には、誰も居なかった。
誰もいない部屋は、電気が点いていて。デスクの上にも、起動したままのノートパソコンが2台置かれていた。
ケルベロスちゃんと、ファウナ、藤林 真白、桜姉妹は、思考が止まり、そして。
蛍の到来に反応出来なかった。
何かがおかしい。
「しまった!」
ただ部屋にいるのでは無く、全員変身しているのだ。言い訳が、思いつかない。
空の焦りを見て、察した小学生賢者、霧谷 詩歌。声を顰めて早口に。
「空間跳躍します。何処か良い場所は有りますか?」
考える時間はほとんど無い。
思い付く。空が、その場所を指差した。
女の子達は、空を愛おしげに抱いて離れない。
(何で?)
空が愛おしい。それは変わらない。
それに似て非なるもの。自分達でも分からない。今迄、経験した事の無い気持ちに、突然、理性が働かないでいる。
身体が火照る。空を触っていたい。何かが、目覚めかけている。
蒼い果実の様に、瑞々《みずみず》しく張りの有る若い身体を、体温をくっ付けて。頬を赤らめている。
「何? 真白ちゃん? 皆さん?」
異変を感じる。
だが、取り敢えず、先ずは杖を振るう。空間跳躍するのだ。
空と少女達は、その場から消えた。
そこへ蛍がドアを開ける。
◆
詩歌の空間跳躍で現れた先は、綺麗なピンクと白の壁紙、同色で揃えられた調度品。クイーンサイズのベッドが置かれた部屋。
そのベッドの上に、着地した。
横になってしまう。
切ない吐息。上気した顔。1つしかない空の身体を求めて、右から、左から上から、空に絡まるすらりと伸びた若い四肢×4。
その中心で、空は真っ赤になって狼狽えて。
それはとても、小学生には危険な。
詩歌は、ベッドから降りてそれを見詰める。
「賢者、霧谷 詩歌への問いに答えられますよ♪」
「!?」
神秘的な幼い少女、記憶乙女は、詩歌と色々と切羽詰まっているこの場に来てくれていた。
「貴女、さっきの!」
「私は幻霊。宇宙の記録を記憶する記憶乙女。聖杖アヴィリオスには、私の分体が宿っているよ♪」
可愛らしく、記憶乙女は手を振り。
「分体と、本体の記憶同調。・・・・・・♪ 」
マイペース。
「宇宙の記録・・・・・・記憶乙女?」
記憶乙女と会話しながらも、ベッドの上で男女が抱きしめ合う姿を見てしまう詩歌。
「・・・・・・!」
恥ずかしい。
「問いに答えるって、何?」
「少女達の状態異常の理由〜♪」
記憶乙女が胸を張って。
「冥界神の転生体。甲斐 空の身体に、スキル誘惑が習得されたからだよ♪ 皆んな、魅了されてるね♪」
「空様の可愛らしさが、限界突破した影響ですよ。おめでとうなのです。美の女神もかくやのスキル♪」
「や、そんなの?! エロスや、夢魔の能力だよ!」
空の叫び。
「これからも、色々なスキルが習得されて行くんじゃないかな♪ 成長期だもん」
「今の空様に近付くと、詩歌ちゃんも皆んなみたいに魅了されるからね♪」
「・・・・・・ナルキッソスみたい」
詩歌の言。周りを魅了してしまうギリシャ神話に登場する美青年だ。最後は、湖に映る自分に恋して、悲劇的な末路を辿った。
神話は、彼女の大好物。
「くっ!」
突然のスキル習得。これは使い熟せ無ければ、破滅を招くスキルではないだろうか。
瞳を閉じる。身体を触られて、集中しにくい状態だが、
(神威の流れを感じてみよう。これか? 少女達を絡め取っている)
「む〜う。・・・・・・うん。やった! 抑えられそうだ!」
空の瞳に灯っていた誘惑の能力を抑える。力の制御は、得意だ。
でも、既に状態異常にかかってしまった少女達は。
変わらず、空を抱きしめ、頬を寄せる少女達。
(ダメ!?)
身体の色々な所が触れてしまう。
甲斐家には、神聖結界が有ったのに、加護の女神ケルベロスちゃんと、姫巫女のファウナが容易く掛かるとは。
(僕の宝物殿。そこに何か対応する物が有るか? 魔術封じの指輪は? エリクサーは? 邪眼封じか?)
「記憶乙女!」
「はーい♪ では! 少女達を抱いて、女の悦びをあげて下さい♪」
それは、セックスの事だろう。
「心が満たされて、元に戻るよ〜」
「小学生だよ!?」
「女の悦びって何? 記憶乙女?」
「教えちゃ駄目だよ!」
詩歌の疑問に答えようと手を挙げた幻霊を止める。
(収拾がつかない。女の悦び!?)
美少女達に求められるのは嬉しい。だが、これでは。快楽を求める肉欲だけの繋がりに。少女達を堕とす様な。
(そんな)
「ケルベロスちゃん! ファウナ! 真白お姉さん! 桜さん! エイダっ!」
空の呼びかけに、藤林 桜の身体が、瞳が、再び金色に輝いた。
「空様」
「エイダ!」
「・・・・・・誘惑、凄い能力ですわね。桜ちゃんが完全にハマってしまっています。空様が力を抑えたので、私は大丈夫です」
「どうしよう? エイダ」
「誓約と、孔雀石が有れば」
「あ〜♪ そうだね。それでも大丈夫!」
「誓約って何ですか?」
桜の中に宿る竜王エイダの言に、幻霊が同意し、詩歌が確認する。
「神の誓約は、世界を創造する際に用いられる事象をも変化させる力。それで、彼女達との将来を誓うなら」
助言が与えられた。
「でも、僕が責任を取る事はもう?」
「それは、ケルベロスちゃんと桜ちゃんとの誓いだね♪ ファウナちゃんとは、アトランティスの救済を約束しただけ。冥界神の巫女にしただけ。彼女は、あの日からメティス様に恋していたのよ♪ 真白ちゃんとは? 4人に増えたらどうするの? 空様は、同時に愛を与えてあげられるの?」
「ファウナが僕を。でも、真白お姉さんが僕の事を」
記憶乙女が頷いた。
あの時、誘惑を発揮する前。確かに藤林 真白の気持ちは空に。恋に落ちた。
「・・・・・・ファウナ、真白お姉さん。僕で良いの? 恋人で無く、いきなり将来を約束して良いの? 真白お姉さんには、まだ話していない事が沢山有るんだよ?」
理性を失いかけている真白が、大きく頷く。ファウナも弱々しく頷いた。それが答え。
考える。自分の気持ち。
ファウナは、アトランティスの姫。冥界神に仕える姫巫女になってくれた。
神々が、この地球を離れた際。この地の神殿を護る為に残した少女。
あの時、少女は諦めに似た表情をしていた。
妹の桜に、良く似た真白お姉さんは、セーラー服が似合う中学生。
明るくて、彼女との日常は、空の心に癒しをくれる。繊細な一面も持つ、優しく愛らしい女の子。
彼女達の想い。
空は、転生する迄は、神殿でケルベロスちゃんと仲良く過ごしていた。
当時は、打ち明けられなかった。
でも。死んで、転生して、出会いが有って。
(黄金時代人で長命。でも、まだ幼さの残るファウナも。桜さんと真白お姉さんを、姉妹共にというのも)
(日本人の倫理観に抵触する。でも)
「ファウナ。真白さん」
ファウナの気持ちに、応えて。
初めて、真白お姉さんでは無く、真白さんと呼んでみて。
背徳感を越えて。
「僕のものになって下さい! ケルベロスちゃん、桜さん、ファウナ、真白さん。貴方達皆んな、僕に下さい!」
春の様な微笑みを空が浮かべる。
「僕が護りますから」
少女達は、その言葉に。その微笑みに。
驚き。それから。満ち足りた顔で、頷いた。
ケルベロスちゃん「空様は、私がお護りします」
エイダ&桜「今度こそ、お護りします。
空君と・・・・・・真白お姉ちゃんと、ずっと一緒にいられるんだね♪」
ファウナ「ありがとうございます♪ 空様は、私の、アトランティスの、全てを捧げる御方」
真白「えへへ。プロポーズされちゃった。空君の事、とても愛おしく思うの。どんな空君だとしても。
・・・・・・桜ちゃん♪」
誓約と、受諾。
彼女達と空の、それぞれの左手薬指に、誓いの指輪が現れ嵌った。
孔雀の羽根の様な縞模様の入る、孔雀石を削り出した。緑色の美しいそれが、婚約指輪。
石言葉を色々持つ石だが、その中には〈恋の成就〉も有る。
それはその時、神の誓約により力を宿し緑に輝く。
誘惑の影響は、完全に駆逐された。
恥ずかしい記憶だけは残ったが。
だけど、もう少し体温を感じていたい。
甲斐家のお隣、阿刀羅家。
空が生まれて直ぐ、見守る為、ケルベロスちゃんとファウナが、引っ越して来たお家。
ケルベロスちゃんの部屋。クイーンサイズのベッドの上で、婚約者達は微笑み合った。




