第十九話 記憶乙女《アーカーシャ》
「師匠、どうですか?」
高く重厚な、アルゴルの塔を見上げる、街道沿いの開けた空間。遠く山脈も望め、普段なら長閑で風光明媚な名所。
神聖結界。聖なる魔法の光を展開して、召喚した全長20メートルの、武骨な聖従神を横たえる。
その頭部装甲を開く。
精密な作業。慎重に。慎重?
クラトスは、早かった。あっという間に、額の部分が外れた。
露わになるそこに有るのは、核。宝珠の様な物。
大人の頭部程のそれは、宝石の様に艶やかで、緋色の光を宿す。
エルフの少女ディアナが、指を口に当てる。
その瞳は、師匠なら! と期待していて。
「機械神は、何をやったんだろう。任せきりだったから」
「「?!」」
どうするんですか? といった顔の弟子達。
「どなたか、詳しい神様をお呼びしますか?」
クリムが案じ、ディアナは何か気付いた。オリハルコン核をじっと見つめる。
「ん。・・・・・・気配が有る? この玉?」
そう口にしたディアナを見やり。
「分かるか」
弟子の成長を見つめ、優しい声。
「はい!」
元気に答える少女。
「ただ、そこに居る・・・・・・様な?」
妹弟子の言葉に、姉弟子も感心し。小さく拍手するかの様に、純白の美しい天使の三対の羽を、パタパタさせた。
(才能)
煌めくオリハルコン製の機体。聖従神。まるで、洗練された甲冑を纏った巨大な騎士。
「見守っている。善い物の気がします」
「うん。聖なる者だ。でも、こうして見ると、何か異物が混入しているね。呪いとも違う」
瞳を閉じて、より感じようとするエルフ娘。
「ごめんなさい。分かりません・・・・・・」
オーキッド色の髪。薄紫とピンクを混ぜた様な色の柔らかい髪。しょんぼりした頭に手を置き。
頬を赤らめる少女に、気落ちするなと。
「僕ですら、言われるまで気付かなかった。月の女神とか、星神が詳しいんだけど」
「だけど、まあ」
(僕には裏技が有ってね。使うか)
人差し指を正面に差し、光の線を描く。
『虚空よ。記憶乙女よ。世界の理りを知る幻霊よ。天空神クラトスの下に馳せ参じよ』
クラトスを中心に、神聖結界内に、新たな魔法陣の文様が輝く。白く、青く、赤く、闇色に、明滅し、皆を淡く照らす。
「知らない召喚魔法! 凄いのが来る?!」
幻霊が現れた。少女の形をした幻霊。薄紫と緋色のグラデーションの、透き通る様な艶めく長い髪。闇と光を纏う様な不思議な装束の、神秘的な幼い少女だ。
「アーカーシャ、ここにいますよ。何処にでもいますよ」
可愛らしい声が言う。実体が有る様な、無い様な、不思議な存在感。
「可愛い!」
(この子は、神様なのかな? 気配が感じられない!)
「アーカーシャ! 記憶する者? 初めてお会いしました。この子が?」
(姉弟子?)
ライオスと、アドニスも突然現れた彼女に、驚いて注視している。
「宇宙の記録を示してくれ」
「権限承認。はい♪ キーワードをどうぞ」
「キーワード、〈機械神デウス・エクス・マキナ〉 〈ブリジット〉 〈製作〉実行せよ」
アーカーシャが、可愛らしく手を振る。
幻視が皆に見え始めた。ここでは無い時間と場所の出来事。
長い映像だが、幻視は記憶となって一瞬で皆の脳に刻まれる。
不思議な体験。
「凄い」
輝かしい天国のビジョン。そこで作られるブリジット。天界の機密。
その神秘は、人間や亜人が見ても、真似出来る物では無いだろう。
オリハルコンの加工、神経回路、駆動系。操者との同調の秘技。核への人格の焼き付け。
その過程で、機械神が何をしたかが分かった。
「機械神の一部をコピーしているのか。これは、核を代えないとダメかな」
「上書きではダメですか? それに、代えてもまた上書きされたら? ・・・・・・ブリジットの神格は消えてしまいますか?」
「何とかなるよ。核は代える。僕の神威と、クリムの神聖力にだけ反応する様に、プロテクトを組み込む。アーカーシャの記憶から、機械神の携わる前の神格のバックアップも作ろう」
「はい」
「戦闘経験もその手で学習させよう。アーカーシャ。頼む」
クラトスは、汚染された核とは別の、棒状の緋緋色金を取り出す。
それに、手を当て神威を加え完全なる球形にする。
核への、バックアップと戦闘経験のインストールは、記憶乙女が。
プロテクトは、クラトスとクリムが力を合わせた。
装甲を戻すと、聖従神のクリスタルの瞳が輝く。
「ブリジット、良かったね」
クリムと共に、戦場で敵に畏怖された最強の従神の復活だ。
「お仕事終わり? 他には何も無い?」
首を傾けて見つめる幼女。
(この子、可愛いだけじゃ無く凄い!)
ディアナは、アーカーシャにメロメロだ。
胸を張る幼女。
「冥界神メティスと、加護の女神ケルベロスが今どうなっているか知りたい。幻視を実行してくれ」
少女が楽しそうに、にこやかに手を振る。
再び皆に、幻視が見え、記憶として刻まれる。神殿。巫女。可愛い赤ん坊。優しげな若夫婦。
「・・・・・・地球・・・・・・アトランティス。日本。甲斐 空・・・・・・か」
一同に微笑みが満ちる。
「良かった」
クリムも口を手で押さえて涙目に。
言語の違いは有るが、一同には、日本語も知識として与えられた。
ケルベロスちゃんも、アトランティスの巫女ファウナに導かれている。
そして、日本の景色に一同は驚く。美しく整った街。テレビ、交通網、進んだ文明。こことは違う世界。平和な日常。
人類のその先に、希望が見えた気がする。この苦難を克服出来れば、いつかはあんな国を作れるかもしれない。
「他は? もう良いのかな?」
「最後に2つ。記憶乙女」
「何でしょう♪」
「君へのアクセス権を甲斐 空と、ケルベロスちゃんにも授けたい」
頷き。
「それと、今、僕達が閲覧した記憶を、聖月の女神アスタルテにも伝えて欲しい」
「甲斐 空君はまだ赤ちゃんだから、先にケルベロスちゃんに伝えるね。
アスタルテ様にも二重体を飛ばしたよ」
「師匠? 二重体って何ですか?」
「一つの存在が、同時に別の場所に存在する事が有る。だから、二重体と言う」
「な、なるほど」
ディアナは、魔術、魔法の才能に長けている。どんどん知識を吸収する。
それが、師匠として楽しみで仕方ない。可愛い弟子。
この子の、エルフ族特有の美貌は天使に劣らない。美少女。元気で、健康美に満ち、賢者の才能を秘める。
そして、僕を師匠と慕ってくる。
見守っていたい。出会った日から、この40年間そうしてきた様に。
(だが・・・・・・)
「この子は、アーカーシャ。宇宙開闢以来、全ての記録を記憶する記憶乙女。覚えておきなさい」
ニッと、男らしい笑み。
その言葉に、アドニスがハッとした。
「偉大なる我らが主神、クラトス様!」
クラトスの前に、礼に則り、恭しく跪く。
「?」
「亡き我が主、クリストフォロⅡ世国王陛下と、パオラ王妃の最期を教えて頂きたく!どうか!」
「暗殺されたと聞くが? そこに、何か疑問が有るのか? 頼むアーカーシャ」
「は〜い。実行します」
再び手を振る少女。幻視が見え。
「ん! 記録が不鮮明に上書きされてます。こうです!」
敵国の刺客に襲われたという記録が、出鱈目だった。アーカーシャが手を振ると、記録が鮮明に塗り変わっていく。
行幸中の国王夫妻の乗った馬車と、文官、護衛の騎士達の行列。微笑み。歓迎していた老若男女。
「陛下!」
アドニスは懐かしさに感極まる。
その続き。記録では、人々が、皆殺にされた。
互いに庇い有って、騎士達も、最期まで王を守って。理不尽さに、涙を流し倒れていく。
何故? と。
真の襲撃者は・・・・・・
「デウス・エクス・マキナぁーーっ!!!」
アドニスの叫び。
機械神が、黙々と生存者を始末していた。
英雄一行は、完全に機械神に嵌められていたのだ。
「呼んでくれて、ありがとう」
アーカーシャが別れを告げる。
「あっ」
(私の友達になってくれませんか?)
言ってみたかったが、そんな状況では無い。と、アドニスを気遣うエルフ娘。
役目を果たし、記憶乙女は、一礼し、
「また会いましょう♪」
その言葉を残し、来た時と同じく、光の明滅に包まれ消える。
どこまでも可愛かった。
残された人々。その中に。
殺気。
「目には目、歯には歯を。陛下。あの下衆、機械神の首を必ず墓前にお待ちします」
歯を噛み締める、伝う涙。復讐を誓う騎士に、親友ライオスと、クリムでさえ背筋を冷たくさせられていた。




