第十七話 英雄vs魔王《アスモデウス》
ガンマール魔導国が滅んだ。魔導王ガノが、魔天使王ナリーンの調略で魔王軍に寝返ったのだ。
難民救助に、ガンマール兵と、隣国パラミス王国からの救援軍、冒険者達を率いる英雄一行。
ガノ寝返りの報は、まだ彼らに届いていない。
パラミス王国は、アストレア大陸一の大国。その国境に、都度難民を送る。
それは英雄一行の、メティスと、ガンマールへの贖罪だった。
「お兄さん」
軍を指揮するライオスに、難民の列から少女が歩み来て声をかけた。
「ん?何か?」
「敵が来ます。凄い数の敵が」
「!」
(この子は?)
「ニナ!」
少女は、ニナと呼ばれ、難民の中から慌てて迎えに来た母と思しき女性に、手を引かれ連れて行かれた。
少女の目は、その間もライオスの目を見つめた。
敵を今、目視は出来ない。
だが、言われてみれば、ライオスの勘が危険を告げ始めた。
軽装騎兵隊を準備させ、アドニスと、クリムを呼ぶ。
今の、少女の話をすると、2人も考え、クリムが上空高く舞い上がった。
遠見の魔法を使う。
・・・いた。まだ距離が有るが、真っ直ぐ軍勢が向かって来る。
この速度では、パラミス国境に逃げ込む前に捕まる。
魔王軍が組織立って来た。初めて5万を超える大軍だ。
対して、こちらは3千弱。とある村で救出した200人足らずの村民に、動揺が広がる。
だが、備える時間が有った。
ライオス、アドニスが軽装騎兵部隊を二つに分け、魔王軍の進行を阻み一撃離脱を繰り返す。
その間にクリムが、残りの部隊と、民を守り後退。
魔王軍は、個々の能力がずば抜けている。
衝突時、ライオス、アドニスは敵を斬り伏せる。
だが勿論、味方も討たれる。
悪魔、魔族の中には、異形の者も居て、その恐ろしい攻撃の被害に、人々に恐怖が広がる。
魔王軍は、ライオス達の攻撃にうんざりして、魔法攻撃を射かけた。
その攻撃のあまりの多さに空が暗くなる。
悲鳴。
だが。
広範囲に、魔法陣が幾つも金色に光る。澄んだ聖なる光に邪な魔法攻撃が掻き消えた。
守護天使長クリムが、戦場に広域結界を張っていたのだ。
魔王軍の将、先頭に出た二体の異形が、速度に劣る部下を残し突出した。
頭が牛、体が人に似た者と、頭が馬、体が人に似た2体。
「魔人か」
巨躯の牛頭が、重い戦斧を、遠心力で力の限り振り回し、物凄い突進をかけて来た。
その咆哮と勢いに、恐怖する人々と、馬達。
馬頭は、四本の腕に斧と剣を構え、いななき、それに続く。
騎兵部隊が追いつかれる。
だが英雄が、ライオスが、怯える馬から飛び降り、胸当ての左右に付いている金属製札を、二体の悪魔にそれぞれ放る。
牛頭、馬頭は、札が飛び来ると、勢いがピタリと不自然に固まった。
唸り声。筋肉がビクビクと震えている。動けないのだ。泡を吹き始める。
そのまま二体を斬り伏せる。
「聖なる札。神血で呪を? 神の眷属か。息子達を殺したな」
「天使・・・もいる。 ? 貴様、半神ライオスだな。」
「機械神殿から聞いているぞ」
静かな怒りが収まって、落ち着きを取り戻す壮年男性の声。
いつの間に接近したのだろう。赤い鎧を纏い、王冠を被る渋い風体の男が、マントを靡かせ立っている。
「何者?」
「魔王 アスモデウス」
「機械神殿が冥界神を討てたのは、ライオス、貴様の功績が大きいそうだな」
魔王アスモデウスと名乗る男が、ニヤリと微笑む。妖気が男を包んでいる。
「あなた! アスモデウスは、四大魔王の1人です!」
「ライオス!」
魔法で思考を同調したクリムの言葉。騎士アドニスが、ライオスに騎馬を寄せ構える。
アスモデウスの横には、もう1体、異形の存在が黒い靄から出現した。
山羊の頭に角、人の胴体4本の腕、黒い毛むくじゃらの巨躯。
「大魔王バフォメット!」
クリムは2人の魔王を知っている。
ライオスは、
(魔王!)
言葉より手が出た。この場で止まってはいけない。
斬りかかる。
「ぬっ?」
斬撃が、閃光となり疾る。
激突。剣で止められた。
((・・・・・・))
山羊頭の魔王バフォメットは、腕を組んだまま動きが無い。
それを一瞥し、アスモデウスとの戦いに没入。
二連、三連、ぶつかり合う英雄のブロードソードと、魔王の剣は、優美な水面の様な刃紋が美しいダマスカスソード。
炸裂音。大気が弾ける様。
(大魔王アスモデウス! だが、メティス程では・・・無い!)
「なるほど。流石、英雄だ」
ライオスは武芸の限りを尽くし、アスモデウスと斬り結んだ。
ライオスの頬、アスモデウスの腕、頬、互いに細かい傷を負う。
アストレア王国の客将でも有り、剣術指南も務めるライオス。
「見事な技だ、押している」
騎士アドニスは、大魔王バフォメットの動きに注意しつつ観戦。
いつの間にか、バフォメットは巨大な大鎌を持っている。
大魔王を倒せれば離脱出来るかも知れない。
だが、ライオスが破られれば全滅するだろう。
私がバフォメットに挑むか?
クリムが、アドニスの考えを察し、離れた場所で首を横に振る。不承知だ。
クリムと、ライオス、アドニスは互いの思考を魔法で繋げていた。
「ふむ、ライオス」
「貴様の父、英雄神ウラスとは手合わせした。比べても遜色無い技だ」
アスモデウスが、呪文を唱え、その剣の美しい刃紋が、凶々しく紅く光りを帯びる。
「だが、私も劣らない技を持つ! 魔王剣・・・・・・! デス・シャウラ!!」
力を帯びた魔王剣。突き殺そうとライオスに襲いかかる。
衝撃。爆発する。
余波で人々に襲い来る紅蓮の大爆炎。
聖なる魔法障壁が輝く。
クリムが、顔を苦しげに顰めつつも何とか抑えた。
「もっと強力な剣が必要だな」
爆心地にいたライオスが剣を振り、土煙を払う。
受け流したライオスの魔剣にはヒビが。
「業物だったが」
呟く。
「これは好敵手!健闘を讃える。引くが良い」
「バフォメットよ。良いか?」
アスモデウスがニヤリと笑う。
バフォメットが、黒い靄となって消えた。
大魔王アスモデウスは、ライオスとの一対一に見せかけ、魔王剣で、人々を皆殺しにしようとしたのか?
ライオスの剣が、クリムの結界が、共に働かなくてはどうなった?
英雄と魔王の戦いは、決着を着けず。
「引くぞ!」
ライオス達が引いていく。
騎乗するライオスと、アドニス。
上空にはクリムが羽ばたき、殿となって引いた。
それを見つめるアスモデウスと、魔王軍5万。
「隙が無い。あれが英雄一行か」
妖しくその瞳が光る。
「守護天使長クリムか、クラトスのお気に入りだったな。・・・・・・そそるなあ」
邪な視線が、引いていくクリムの美しさを舐め回す様に追う。
見つめるその目は、先程までの王者然とした戦い時とまるで別人。変質者の様。
「堕とすか。私の女に。クク、可愛く哭かせてやるぞ」
◆
撤退には、成功した。
国境に待機していたパラミス王国守備軍3万と合流。
冥界神メティスと、ケルベロスちゃんの消失から、もうすぐ一月。
助けられた民達が、複雑な顔でライオス達を見る。
ライオス達英雄一行は、彼等が代々崇拝したメティスと、故郷を奪った仇の片棒。
それでも助けられ、ライオスに憧憬の眼差しを送る一人の少女もいたが。
「クリム、大魔王達は、どんな能力を持つ?」
「今日遭遇した、アスモデウスは魔月《魔王銀》の竜騎士です」
「奴は、竜騎士なのか」
「はい。今日、竜に彼が乗っていたら・・・・・・全滅です」
「過去には、多くの女性を無理矢理、孕ませました」
「生まれるのは魔人か」
肯定の頷き。
あの、牛頭、馬頭も、そうして生まれたのだろう。
「聖月の女神アスタルテ様の貞操を狙いましたが、太陽神、星神の助力を得たアスタルテ様に撃退されています」
「神が、三柱がかり」
そんな会話を聞きながら、一方、アドニスは考える。
(魔王の武器を超える武器をライオスに)
「神剣級」
「バフォメットは、力を求めた女達に魔法の力を授ける魔王です」
「女達は黒魔女と呼ばれ、強力な魔人となります」
「大鎌を持っていた」
「魔法戦士として、神殺しを成しています」
「神を?!」
「SSR級の神姫を。
神様に劣らない戦闘能力を持った時、悪魔、魔人は、魔王と呼ばれるのです」
アドニスが驚嘆。
SSR級と言うのは、最上級の神の一柱の筈。
「四大魔王の名を冠するのは、
首領、魔天使王ナリーン。
魔剣覇王タナトス。
色欲魔王アスモデウス。
悪魔王バフォメット」
今回、魔王中最強、ナリーンと、タナトスには遭遇しなかった。
だが、ガンマールに留まればきっと。
(もう限界。たまたま見逃された今日の様な事は、奇跡に近い)
俯く顔に、長い髪が掛かり、不安な表情を隠す。
軍隊料理で、焼いた肉と穀物、スープを摂ると、砦の中、アドニスとは部屋を別れ休んだ。
(クラトス様と、アスタルテ様に助力を頼む。メティス様の言付けを守ろう)
(そして、聖従神にも有るだろう欠陥を治す)
ライオスの横で、眠りに就こうとするクリムは、この地を去る事を決めていた。
夫ライオスの背中を見つめる。
彼は、一緒に来てくれるだろうか?
不安。
ライオスは、あの国に責任を感じている・・・・・・。
(お腹の子の事は、まだ、言わない方が良い。私は、まだ、戦うのだから)
灯りの消えた部屋で、連戦の疲労から、クリムは深い眠りに落ちていった。
気になるところ満載だったので、書き直しました。
少し、良くなったかな?