第十六話 魔導書
ガノは、ガンマール魔導国の王だった。
魔導の追求が、彼の生きがい。
そんな彼は、この地で水を得た魚の様に、魔導の研究、後進の育成に励んだ。
その実力は、確かで、強力な魔術を使役出来る。
魔導国内では、並ぶ者無しの実力。いつしか、魔導王と呼ばれた。
齢50に近いが、まだ20代に見える容姿。
魔導を極めた者は、寿命を飛躍的に延ばすというそれだ。
こんな歳だが、まだまだ、若いご婦人の憧れの対象。悪い気はしない。
冥界から解き放たれた魔軍が、迷宮を制圧し、侵攻したガンマール大戦の際は、撤退戦を演じ、臣民を守る為に魔力の限界まで戦った。
戦闘では、炎、氷、雷、風、数々の攻撃魔術を駆使。魔族、魔人を屠った。
英雄ライオス、騎士アドニス、天使長クリムが助力し、多くの臣民を逃がす事に成功する。
だが、軍は分断され、容赦無く追撃され、力尽きた。
王としてガノは、やり切った。と、満足して、その生は終わる筈。
もう目の前には、追撃して来た魔軍の大群勢。
英雄一行は、今は別行動。撤退戦に尽力してくれた配下の魔導師団は、壊滅状態だ。
(我ながら、頑張った)
その時。
魔軍から、一人の男が悠々と進み来た。
(使者?いや)
悪魔が囁いた。
「ガノよ、創造の書が、欲しくは無いか?」
「!?」
「そ、創造の書?!」
「ふふ、そうだ。古代国家が、消滅する間際に残した禁断の魔導書だ」
生唾を飲む。
創造の書。
魔法文明。古代の諸都市群は、神々の秘密を解き明かさんものとしていた。
そして、魔力のある者。魔術師たちが協力しあう事で、鉱物界、植物界、動物界を自由自在に支配下に置き、書き換える事が出来ると、結論付けた。
古代国家は、争いも飢餓も、疫病も、そして、死すらも無い永遠の楽園を築く事に着手し、実行に踏み切る。
結論から言うと、古代国家は消滅。
歴史から、その姿を消した。
実験の成否すら分からない。
国家の亡骸は、遺跡として残り、数多の強力な魔導具、今では失われた魔法の奥義が記された魔導書、貴重な文献、歴史書、魔法生物などが眠っている。
古代国家の残した魔導書の中に、【創造の書】と言われる物が有る。
これには、古代国家が最期に行った魔術が記され、文献、歴史書にもしばしばその名が登場する。
禁断の魔術と言われるが、魔術師なら、誰もが、この魔導書の魔法技術と、古代国家消滅の謎を知る鍵、この書の入手を夢見た。
無論、魔導国家の魔導王ガノが、その逸話を知らない筈が無い。
「やるよ。俺に仕えるならな」
その囁きは、死を覚悟していたガノの理性を、大きく揺さぶる。
血が、激しく脈打つ。
(っ、・・・・・・出来る限りの事は、した)
言い訳が渦巻く。
魔導の追求は、ガノの生涯をかけた夢。それが今、果たされる。
(生き延びて、魔導に貢献したい)
欲望が、自分の理性以上に、自分を支配した。
ぎこちなく、やってはいけないと、理性が警告を発するのを聞けず。跪いてしまう。
声を出そうとする。
上擦った声。
「お、お名をお聞かせ下さい。・・・・・・我が、君」
「ナリーンだ。よろしくガノ。人は、魔天使王とも呼ぶな」
黒い三対の翼を羽ばたかせる。艶めく黒髪、黒い瞳、白い肌の美青年。その視線は、中々に鋭い。
魔天使王ナリーン。それは神々に、冥界に封じられたと言う四大魔王の一人。最強の魔王の名だった。