第十二話 トゥー・シスターズ
その喫茶店を前にして、ウッディ調な外観に見入っていた。閑静な住宅街の中程に在る2階建て。
1階部分が喫茶店になっている。
看板には、JAZZ喫茶トゥー・シスターズとある。
JAZZ、ジャズという音楽が有るのは、何となく知っている。確か、アメリカ発祥の音楽ではなかったか。
が、詳しくは知らない。
喫茶店。入った事無い。コーヒーや、紅茶を飲む所だと思うけど。
(小学生が、一人で来て良いのかな?)
メッセージボードに、メニューが書かれている。窓から中が見え、テーブル席、抑えた照明で・・・。
カランカランと、ドアベルが鳴って扉が内側から開いた。
「!」
「空君、いらっしゃい・・・」
黒いエプロン姿の少女が、前髪を手で気にしながら、少年を迎えた。
「空君、大歓迎だよ。喫茶トゥーシスターズへようこそ♪」
同じエプロンのもう1人は、明るい笑顔の少女。
「桜さん。真白お姉さん、こんにちは」
「こんにちは」
「こんにちは。真白お姉さんか♪」
三者三様に微笑み、中に案内される。
センスを感じる照明の光が、外観と同じくウッディな店内を優しく照らす。外から入ると、やや仄暗い。
数席の、4人掛け席、2人掛け席が有り。音楽室に有る様な、グランドピアノ。年季の入っていそうなレコードと、大きなスピーカー。
スピーカーから、音楽が流れている。
これがジャズなのだろう。中々、雰囲気が良い。ピアノを含む、3つくらいの楽器で独特のリズム。
音楽雑誌が置かれた机、レコードのジャケットが壁に飾られ、カウンターに、楽器を演奏をしている風な、黒人の人形達。人気漫画も少し揃えている。
おじさん。2人連れの青年。カップル。女性。・・・お客さん達が、音楽を聴きながら憩って寛ぐ空間。
見回す。これが、ジャズ喫茶。
(何か・・・カッコ良い)
そんな場所に来ている。
藤林姉妹が、奥に声を掛ける。
「パパ、ママ。空君来てくれたよっ」
キッチンから、揃いの黒エプロン。
「よ!いらっしゃい。良く来てくれたね!空君」
「きゃ、いらっしゃい。空君!」
「こんにちは」
「空君。今日は、好きな物食べて行って。ご馳走するぞ」
「感想聞かせてね♪」
「え!」
藤林パパママに言われ、恐縮する。
「そんな、良いんでしょうか?」
「うん!どうぞ、こちらへ」
エプロンを外す桜。空と2人掛け席に。
「今日は、来てくれてありがとう」
「こちらこそ、ありがとう。喫茶店って、初めて。楽しみにしてたんだ」
「良かった」
にこやかに和む。
真白によって、お水が運ばれ、メニュー表を開く。
写真とメニューの紹介は、
帆立のグラタン、スープカレー、ボロネーゼ、ナポリタン、ローストビーフ丼、オムライス、ピザトースト、サンドイッチ。
と、食欲を刺激する多彩なメニュー。値段は食事とセットドリンクで、千円ちょっとだった。
「うわ〜、美味しそう」
桜が微笑む。
ページを行ったり来たりした後。
「・・・牛肉のスープカレーにしようかな」
「じゃあ、私も。空君、ドリンクは、どうする?」
「何が良いかな?」
「ラッシーとか、カレーに合うよ?ヨーグルトの甘いドリンクなの。後は、マンゴージュースも良いかも」
「うん。美味しそう。じゃあ、そのラッシーにするよ」
「真白お姉ちゃん」
「は〜い。お待たせしました。・・・空君、どうぞっ」
「僕は牛肉のスープカレーと、セットドリンクで、ラッシーをお願いします」
「はい♪」
「私も同じ物を」
「はい♪ご注文確認します。スープカレーとラッシーのセットが2つですね。ドリンクは、いつお待ちしますか?」
「あ、じゃあ、食事の後に」
「私も食後に」
注文を終え、2人は、音楽を聴きながら、見つめ合い、桜は、嬉しそうに目線を泳がせ、頬を染める。
そんな彼女を見つめる空も、頬が紅潮する。
音楽が次の曲に変わった。
「この曲、聞いた事有る。これも、ジャズなのかな?」
「うん。そうだよ。私の好きな曲なの」
「僕もこの曲、好き」
えへへ。と笑い合う。
(桜さんといると)
(空君といると)
((心地良い))
藤林ママと、真白が、接客担当で、藤林パパがキッチンというスタイル。
暫くして、慣れた手際の藤林ママによって料理が登場。
牛肉のスープカレーは、お肉、パプリカ、じゃがいも、蓮根、カボチャ、ピーマン、パクチー。彩り、見た目も綺麗。一緒にライスとサラダが付いている。
スプーンにライスと、スープをすくって口へ運ぶ。スパイシーで、お肉の旨み、色んなお野菜が豪華で、とても美味しかった。
「スープカレー、とっても美味しい♪お肉柔らかくて、辛さも丁度良いよ」
「ふふふ、良かった♪パパの自慢のお料理なので。喜ぶよ」
桜と空は、料理を食べ終え、ラッシーが運ばれる。辛い物を食べた口内に、甘く冷たいラッシー。至福の時。
「桜さんのお父さん、お母さん。今日は、ご馳走様でした!とっても美味しかったです」
「そうか!良かった!」
「ありがとう!空君!」
「こ、こちらこそ。今度来る時は、お支払いさせて下さい。僕、是非、また来たいです」
「ああ、嬉しいよ!今日は、2階に上がって行ってくれるだろ?」
「はい。お邪魔します」
◆
藤林姉妹に付いて一度、外に出て、わきの階段から2階部分に。鍵を開けて扉を開き、招き入れられる。
「お邪魔します」
「「いらっしゃいませ」」
玄関で、脱いだ靴を丁寧に揃えると、スリッパを勧められた。可愛らしい姉妹に案内される。
喫茶店とは趣きが変わり、白い壁紙。フローリングの床。廊下を進み、一つの部屋に通された。
「どうぞ♪私と桜ちゃんのお部屋へようこそ!」
「よ、ようこそ」
「どうも。お邪魔します」
白い壁に、ハンガーにかかったセーラー服。二段ベッド。木製の勉強机が2つに、椅子と背の低い本棚。タンス。
棚の上には、何匹かの、可愛らしい服を着たウサギや、クマ等、動物のぬいぐるみ。
額に入った絵や、神社やお寺の社務所に有る様な、御守りのコレクションも、額に飾られている。
「この部屋に、男の子が訪問したのは、空君が初めてなんだよー」
「光栄です」
空の返しに、真白が、
「空君、場慣れしてる・・・。女の子の部屋は、入った事有る?」
「はい。お隣の、ケル・・・桜さんの所に」
「「桜さん?」」
「あ、僕の家のお隣に、阿刀羅桜さん、ファウナさん、というお姉さん達が住んでいて」
「ふ〜ん。桜ちゃん以外の桜さんか。何歳くらいか聞いても良い?」
「今の桜さんの見た目は、真白お姉さんより、少し上くらい。ですね。ファウナさんは、今は僕と同じくらいに見えるでしょうか」
「見た目?今は?歳は、分からないの?」
「分かりますが、個人情報ですので」
と、軽やかに口に人差し指を当て微笑む空。
(女の子に慣れてるんだね。どんな子なんだろう空君って。その桜さん達との関係は?桜ちゃんに、脈は有る?)
(私じゃない桜さん・・・。・・・)
この後、真白が茶菓と冷たいアールグレイのミルクティーを用意。3人で、床にクッションを敷いて座り、和気あいあいとボードゲームをした。
結果は空が1位。真白が2位、桜がペケ。でも、順位関係無しに盛り上がり、皆楽しんだ。
ゲームを終えた空が、壁に飾られた絵を見ていると、作者と思しき桜が、ソワソワする。見て欲しいけど、恥ずかしいといった感。
「これ、透明水彩ですね。小学校で使う不透明水彩絵の具じゃない。凄く透明感が有って富士山と、青い空が綺麗。この絵、桜さんが?」
「う、うん。そうなの。」
「空君から見て、桜ちゃんの絵ってどうかなぁ?私は、凄く好きなんだよ〜」
「はい、僕も桜さんの絵、好きです。とても」
本心なのが伝わる穏やかな微笑み。
(絵が褒められるの嬉しい・・・)
絵の横に有る、御守りコレクションの額は真白の趣味だ。
「それ、私が集めたの♪」
「御守りって、願いが叶ったり、一年経ったら、いただいた神社やお寺に返すって、よく聞くよね」
「あ、聞いた事有ります」
「けど、持っていても良いと言う人もTVに出てて。私は、綺麗な御守りをずっと持っていたいから、そっちを信じる事にしてるのだよ」
神様のご利益を信じて、小学生の時から、御守りを集めていると言う。
「今では、御朱印というのも集めているの。ご利益期待しちゃいますよ」
そう言って、御朱印帳という物を見せてくれた。真白の御朱印帳は、表紙が黒地で、銀糸の戦国武将の図柄が入った物。
「カッコ良い・・・」
「でしょう♪私、弓道部だから」
中を開けると、今まで集めた色々な御朱印。カッコ良い書体の文字や印、カラフルで綺麗な印も有る。
御朱印と言うのは、参拝者が、神社やお寺でいただく印。本尊の名前や、社名を書く事も。お寺だと本当は、お経を納経した人が貰うそうだが、真白は、納経はいつかやってみたいが、まだ写経の経験が無い。
中学生にしては、コアな趣味かも。
夕方、姉妹が見送った。
「空君、今日はごめんね。私まで、遊んで貰っちゃって。桜ちゃんと仲良くしてくれてありがとう!」
「いえ、真白お姉さん。僕も、凄く楽しかったです。こちらこそ、遊んでくれてありがとうございました。桜さんも、・・・ありがとう」
「うん。来てくれて嬉しかった。空君、ありがとう。今日はとても楽しかったです」
「桜さん、真白お姉さん。今度、僕の家にも是非遊びに来て下さい」
「え、私も良いの?凄く、嬉しいけど。友達同士、空君と桜ちゃんの二人の方が良くない?」
真白が言うと、空と桜は悲しい表情を浮かべた。
(せっかく仲良くなれたのに、残念です)
(真白お姉ちゃん、私、空君と二人きりなんて、緊張しちゃう!)
「うん、うん、分かった。同行するね〜♪私も楽しみだよ!」
二人を見て、遠慮なく行く事にする。
「ありがとうございます。お待ちしてます!」
「お姉ちゃん!ありがとう!」
空が帰った後、出しっぱだった御朱印帳を懐かしく見返す真白。
「あれ?こんな御朱印、どこで貰ったんだっけ?」
覚えの無い御朱印が、一つ増えている。
「あれ〜?」
御守りコレクションにも、見たことの無い意匠の御守りが増えている。その事に気付くのは、それからしばらく後だけど・・・。