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自画自賛の日

作者: G·I·嬢

 


 ある朝、久々にテレビの電源を点けるとこんなニュースが流れた。



「本日は新しい国民の休日である『自画自賛の日』が初めて施行される日です。この新休日の目的として政府は、常日頃より義務を果たしている国民の皆様にご自身への感謝を示していただきたいという声明を出しています」


 新しい国民の休日。


 僕は一切それについて知らなかった。


 あまり外へも出歩かないし、テレビもラジオだって使わないのだから、むしろ当然と考えるべきなのだろうか。


 それにしても、『自画自賛の日』とは少しおかしい命名ではないだろうか。


 自画自賛という行為に悪いイメージばかりついている日本人の休日の名前にするとは。



「それでは、今朝のニュースを終わります。本日もはっきりと国民の皆様にニュースをお伝えしたのは、私森泉京子でした」



 さっそく、自画自賛というものが始まったらしい。


 僕はニュース番組の後番組の名前さえ見ることなく、テレビの電源を切った。


 久しぶりの外出という日がとんでもない休日と被ってしまったらしい。


 しかし、今日という日を逃すことはできない。


 今日は特別な日なのだから。



 僕は今日、家族に会いに行く。


 僕は一人っ子だったから、父親と母親に一人で会いに行く。



 僕はパーカーの上に薄い上着を羽織り、歩きやすいようスニーカーの靴紐をきっちりと締めて、外へ出た。



***



 外は日差しがとても強かった。


 眩しくて、目ががんがんと痛む。


 しかし、道行く人々は目を細めることなく、何も問題は無いように歩いていく。


 


 三ヶ月ほど家にこもっていた僕がおかしい、という結論が出た。


 たまの外出もほとんど深夜にコンビニに行くだけだった。



 締切に追われていたとはいえ、家に引きこもってばかりはいけないな。毎日散歩でもしようか。


 僕がそう考えていると、周りから声がした。



「俺さー、マジで彼女ゲットしちまってさー。やっぱ俺って最高だわ」


「私じゃなければあの事業を成功に導くことはできなかったでしょうね」



 どんどんと、自画自賛の声がしてくる。


 どうしてこの人達は何の違和感もなく、自分を褒められるんだろう。


 そんなに笑いながら馬鹿みたいなことを言えるんだろう。


 気づけば、僕の周り全てから声がする。


 誰も彼もが自分を褒め称えて、自分に感謝していた。


 


 僕だけが、一人取り残されたような気分になった。


 そう思うと、急に寒気がしてきた。


 思い出したくもないことを思い出して、頭がぐるぐるし始めて、胃のあたりに粘ついた黒い物が落ち始めた。


 


 これはいけない。早く、なんとかしないと。



 僕は鞄からスマートフォンとイヤホンを取り出し、すぐにイヤホンを耳にはめた。


 そして、スマートフォンを操作してある曲を流した。



 よく知っている前奏。何千何万回と聞いたからよくわかる。


 歌詞が始まると、今まであった黒い感情がすーっとどこかへ消えてしまった。


 これまでもそうだった。何か嫌なことがあったらこの曲を聞いて、気分を誤魔化していた。


 だから、今ではこの曲を聞いただけでパブロフの犬のように、反射的に心が静まる。



 この曲を聞いた僕は無敵だ。なんて心のどこかで思いながら、目的地に向かって歩き続けた。


 


***



 僕はひきこもりだった。


 中学校の頃のイジメが原因、実にありきたりなものだった。


 母親と父親に顔を合わせられずに、部屋にこもって毎日ゲームか音楽を聞いていた。


 ある時、趣味で小説を書き始めた。


 それはそのうちに趣味から、生き甲斐に変わっていって、ついにある賞へ送った。


 出版社から返ってきたのは嬉しい知らせで、僕はようやくひきこもりを辞めようと決意した。


 そして、母親と父親にたくさん謝って、大きな声で泣いた。


 二人も泣き出して、三人で一緒に泣いた。



 一人暮らしを始める時はすごく悲しかったけど、その時の思い出があったから頑張ろうと思えた。



***



 世の引きこもりが大抵そう思っている様に、僕は人の多いところが苦手だ。


 だから、電車にもバスにも乗れない。


 歩いて二人のところに向かっている。



 そして、いくら秋とは言っても、こうも長い間歩いていると暑くなって汗をかく。


 それに、食欲の秋らしくお腹も減った。


 ふと見れば、ラーメン屋があった。


 これ幸いと僕は昼食を摂ることにした。



 しかし、僕は忘れていた。


 今日はあのおかしな休日。


 国民皆が自画自賛をする日なんだ。


 もちろん、ラーメン屋の店主も例外ではなかった。



 「はい、テレビでも紹介された今世紀一番キテるラーメン屋の店主、皆坂でーす」   


 店に入った瞬間にこれだ。


 僕はその言葉を無視してカウンター席に座って、メニューを眺めた。



 そして、チャーシュー麺を注文した。



「このチャーシューはそんじょそこらのラーメン店が出してる煮豚とは訳が違いますよ。店主の僕が毎朝一日分だけをじっくりと直火で焼き上げた特製チャーシューで――」



 ここからさらに麺のこだわりとスープのこだわり。


 さらには食器のこだわりに、挙げ句の果てには店の立地のこだわりまで話し始めた。



 人の自慢話を聞き続けることはこんな苦しいことなのか。と思いながら運ばれてきたチャーシュー麺を啜った。


 味は普通だった。



 ラーメン屋にはテレビがあって、政治家の失言についてワイドショーで話していた。


 それを聞いて僕は、父親のことを思い出した。


 暑がりだからいつも汗をかいていて、テレビのニュースを見ながら政治家を嫌っていた。


 頑固そうな見た目のくせしてお酒は全然飲めない、そんな父親のことが僕は好きだった。




***



 ラーメン屋を出た僕は、花屋に寄ることにした。


 母親は白百合の花が好きだったことを思い出したからだ。


 引きこもった僕を見捨てずに毎日ご飯を作ってくれた、そんな優しい母親へのお礼の気持ちを込めて花を贈りたい、そう思った僕は花屋の店員と世間話をしながらその花が包まれていく様子をじっと見ていた。


 


 母は白百合の花を花瓶に入れて、丁寧に世話をしていた。


 僕は花の面白さだとか趣きだとかには疎くて、何が楽しかったのかはわからない。


 でも、一つだけわかっていることはある。


 母は、とても白百合が好きだったんだ。


 


***



 夕方。歩き続けて、僕はようやく目的地に着いた。


 入り口で桶を借りて水を入れて、二人のところまでの坂を登る。


 そして、久しぶりに二人と対面した。



 ずっと歩き続けていたから、立ち止まった途端にどんどん暑くなってきて、シャツはじんわりと汗で濡れ始めた。


 たまらず、僕は羽織っていた上着を脱いで、張り付く服と肌の間に風を通した。


 温い空気が顔を通り過ぎていって、風が吹いた。思っていたよりも汗をかいていたらしくて、一気に体が冷えた。


 二人のお墓にまずは水をかける。


 丁寧に、全体を濡らしていく。



「父さんは暑がりだったよね。今、水をかけてあげるから」



 桶の中の水が少なくなってきた。


 僕は墓に水をかけるのをやめて、地面に刺さっている献花用の筒に水を注いだ。


 そして、綺麗に包まれた白百合の花束を差し込む。


 大きくて、真っ白な花びらが左右の筒から伸びて、とても豪華な様相になってきた。



「母さん、白百合の花が大好きだったよね」



 線香に火をつけて、煙が出始めたのを確認してから目を閉じて、二人に手を合わせた。


 まぶたの裏に思い出が映りだす。


 


 小さい頃から僕を大事に育ててくれた。


 いじめられていた僕のために怒って、泣いてくれた。


 引きこもった僕を外に出すために、色々と手を尽くしてくれた。


 僕の小説が賞を取った時には、僕よりも喜んでくれて、そして泣いてくれた。


 


 二人はもういない。不運な事故だと警察の人は言っていた。


 僕を出版社に送った帰りだったらしい。


 次に僕が二人と会った時には、もう二人は笑っても泣いてもいなかった。



「父さん、母さん。僕は――」



 この先の言葉が出なかった。


 自分がこんなことを言っていいのかと思った。


 そうして、涙だけがぽろぽろと溢れる内に、思い出したんだ。



 今日は、自分を褒めていいんだと。


 だって、今日はそういう日なんだから。


 


 もう、言葉に詰まることはなかった。



「父さん。僕、人と話せるようになったよ」


「母さん。僕、料理も洗濯も買い物だってできるようになったんだ」


「書いた小説もお店に並んで、これから新しい作品を書くんだ」


「だから、もう安心してね」



「僕は、一人で生きていけるんだ」



 この世に生まれて始めて、僕は自分を褒められた気がした。


 涙はもう出ない。



 茜色の空にとんぼが飛んでいく中、僕はまた坂を下りて帰っていった。


 そして、今日という日を作った人達に少しは感謝しよう、と思いながら、僕は一人きりの家の扉を開けた。


 


 





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