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そんなあなたに、めろめろパンチ

氷の貴公子()視点

 


 ある日の昼下がり。


「め、めろめろパァ〜ンチ」


 俺は意味不明なパンチを食らった。

 パンチといっても緩くにぎられた柔らかそうなこぶしがコツンと胸元に当てられただけの可愛いパンチだった。これでは虫も倒せまい。

 しかもくりだした本人であるところの幼馴染、白鷺友希は顔を真っ赤にしてぷるぷる震えている。ちらっとこちらをうかがっては目をそらしかけてまたこちらを見る。……なんか頑張っていた。



 なんだこれめっちゃかわいい。



 俺のIQは10になった。


 こうかがばつぐんすぎて地球から消えそうだ。むしろ地球だって消せそうだ。

 いつもなら友希は絶対に天地がひっくり返ろうと水が燃え上がろうと俺が萌え上がろうとそんなことはしない。冷静沈着、怜悧冷徹、完全無欠、眉目秀麗が裸足で逃げ出し、歩く道にはたおやかな花が咲き誇るほどの大和撫子である。つまりかわいい。ちょうかわいい。


 そんな友希が、である。



 めろめろパンチだと!?



 そんなことしなくてももうめろめろだ!むしろ脳がこれ以上めろめろしたらまずい!溶ける!溶け落ちた脳からは大量のめろめろ成分が検出されることだろう。そして地球はめろめろのうちに滅亡するのだ。なんたる傾国の美女だろう。かわいい。

 しかも友希は頰どころか耳まで赤い。かわいい。のぼせそうだ。かわいい。俺は驚愕のあまり友希をいつも通りの無表情でじっと、穴が開くほど現在進行形で三秒ほど見つめている。そんな俺に今さら慌てている。かわいい。けしからん。ばさりと落とした課題図書など頭の片隅にも認識されない。


「え、えへへ」


 ごまかそうというのか。かわいい。えへってなんだ。殺す気か!?

 あまりの可愛さに俺の脳が逆に高速回転する。

 あまりのめろめろ成分に脳みそが死を感知したのかもしれない。これが走馬灯か。

 ともかくいつもは冷静沈着以下略な友希が、なぜめろめっ……げふんげふん、あのけしからんパンチをしたんだ?

 俺も俺なりに友希に釣り合うように表情筋を磨き、まあ勉学とスポーツも頑張り、表情筋を鍛え上げた。さらに友希の可愛さににやつくことのないよう、俺は自身を鍛え上げた。氷の貴公子と呼ばれるくらい頑張った。血流も操作しかねない勢いで頑張った。

 それが、ダメだったのか?


「友希、」

「な、なんちゃって」


 この期に及んでごまかせると思っているのか逃さない。かわいい。鴨がネギ背負って昆布だしに浸かりながら鍋に乗って流れてきたようだ。食べたい。

 強烈に脳を犯すめろめろに打ち勝つべく(むしろ負けたい)、脳細胞が活性化する。


 いったい友希の望みはなんだろう。


 氷の貴公子を溶かそうという計画なのかそうなのだろうか。そういえば友希は昨日、レンタルショップで少し前に流行ったディズニー映画を借りていた。愉快な雪だるまを羨ましそうに見ていた。小さな声で主題歌を歌っていた。かわいい。上手い。そう、その内容は、

 姉の氷の心を溶かすーーそれだ。


 全てが収束し、俺は極限の喜びを噛み締めた。

 めろめろパンチで俺の心を溶かす。それが望みなら、もう我慢することはない。むしろ我慢させることもない。

 優しさが足りなかったと、そういうことだ。全ては俺の不徳の致すところ。


 この間0.3秒。


 俺は表情筋を解放し、にっこりと微笑む。

 そして友希を優しく抱き寄せた。


「友希、好きだよ」

「ーーーっ!」


 友希は目を丸く見開き、口をぱくぱくとさせていた。かわいい。キスの誘いだろうか?

 そういえばこの関係になってもキスとかしてなかったな。そういった全てをはねつけ、必要としていないようだったのだが、それすらも我慢であったなら俺はなんてことをしてしまったのだろう。


 開いた友希の唇に軽く口づける。


「ふぁ」

「そんな赤くなって、俺が照れちゃうよ」


 それとも、


「俺を照れさせたいの?友希はかわいいな」

「か、かわっ……いくなんて」

「友希はすごくかわいいよ。真っ赤な頰はりんごみたいだ。食べちゃいたいな」

「ひぇ」


 謙遜なんて、友希には似合わない。

 我慢なんていらないと、伝えなければ。

 頰に手を添え、そっと囁きかけた。


「友希」

「ひゃい」

「友希、我慢させてごめんな」

「めっそうも、ない、です」


 ああ、そんなこと言わなくていいのに。

 謝るべきではなかった。謙遜することくらいわかっていたはずだ。しっかりしろ自分。そのまま謝罪を連ねようとした友希の唇を口でそっと塞いだ。

 ほら、さっきから友希の体が固まっている。緊張はよくない、ほぐさないと。


 するりと腰に回した手で背中を撫でる。

 おびえたように背筋をそらす友希。

 怖がらなくていいと言わなければ。


「友希がしてほしいこと、なんでもする」


 ゆっくりと友希がまばたいた。


「なんでも…」

「何、してほしい?」


 頰に感じる熱が増す。

 ふるふる震える唇をそっと指で撫ぜれば、友希の瞳が潤んだ。


 はくりとくちびるが動き、言葉を形作る。


「また、こうして……抱きよせてください……」

「うん、いいよ」

「し、週に一度、ほど」


 ああ、またそうやって。

 我慢なんて、しなくていいのに。


「週に一度と言わず、友希が望むときにしよう。友希が我慢しなくなるくらい、可愛がってあげるから」


 軽く抱きしめ、髪を撫でる。

 俺の思いが少しでも伝わっただろうか。

 友希はその言葉にーーくたりと気絶してしまった。


「え!?友希!友希!」



 そのあと俺は、友希にさっきの出来事が夢でないことをきっちりわからせるのにずいぶん苦労した。


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